音楽聴取記録(交響曲の聴取 各曲の聴取記録 通しNo.53 hob-No.-47


No 
Hob.
No.
 
通称名   作曲年 調性   楽

 fl  fg trp  cl  timp   cmb ランク    聴きどころ、ポイント
53 47  1772 G 4 -  -  - - (1) D
       1 G Alleglo
       2 D Un poco adagio
       3 G Menuet & trio
4 G Finale、Presto assai
Allegloの第1主題は モーツァルトが、しばしば用いられるリズム。hr.のファンファーレも伴う。UP井上著によると、「モーツァルトはこの曲を愛好していていたようで、主題を書き留めていた」とのこと。3連符の第2主題を経て、比較的短い提示部と展開部で終始。Adagioは単一主題による変奏曲。テンポ、調等も大きく逸脱しない。Finaleはロンド形式。明るい雰囲気の中でも、ユーモアの漂う雰囲気あり。
 この頃は、短調の大作はあるが、対照的にさらりと書かれている雰囲気に終始する小品。
 ドラティ盤の曲目解説で、第3楽章は、Menuet e trio al rverso と記述されている。Menuetが後半は逆行で書かれていることが明記。
UP
「追記」2009年11月7日 NHK FM放送 名曲の楽しみ 吉田秀和 ハイドンその生涯と音楽にて、トレヴァー・ピノック指揮 イングリッシュコンサートの演奏を聴取。 モーツァルトもこの曲を写譜したとの話。冒頭に第1楽章の行進曲風の主題は、 モーツァルトが、しばしば用いたのも合点が行く。番組の冒頭では、この曲の聴き所で2点を紹介。その内の一点目が、この第1主題が最初の管から弦に受け継がれながら、からんで行く美しさ。2点目が第3楽章のMenuetの逆行の部分。単なる逆行だけなら、それほどの魅力はないかもしれないが、作曲当時は、エステルハージ楽団の少ない聴衆でも逆行に加えての音楽的な深み。
 演奏では、フィッシャー盤と異なり、例によって古楽器による演奏。第2楽章では、弱音器の効果による音量の差が、現代楽器の比較して余りない。Finaleは提示部+再現部の繰り返しが省略されている。元々、フィッシャー盤でも、それほど評価が高くしていなかった。ピノックでも同じ印象に終始。
 2011年10月16日デイビス盤を聴取。ト‐タル演奏時間が28:08であるのは、やや苦痛かもしれない。第1楽章は、弦と管楽器との呼応が聴きどころであるが。デイビス盤では、元々管楽器の音量が大きいこともあって、お互いの役目を十分に果たす印象を再度確認。
  第2楽章では、作曲順番から聴き通して初めて、変奏曲が登場と記載をした。最終楽章では、変奏曲はそれまででも使用をしていたが、やはり最初の採用となる。cmbは全ての楽章を通じて採用しているが違和感はなし。フィッシャーと同じ様に旋律を重視し、低弦を中心に(特に82小節当たり)目立たせている。 緩徐楽章だけを取り上げたら、後期の交響曲に遜色なはいと、再度認識をした次第。
 2013年6月29日 追記。ホグウッド盤を聴取.。冒頭は、管楽器と弦楽器の呼応がポイント、スコアを見ると、最初は、1本のhr.から始まり、その後、2本のhr.ob.に引き継がれる。ホグウッドは、管楽器の音量が割合に大きいので、この違いが分かる。
 聴き通してみて、初めての緩徐楽章の変奏曲では、低弦楽器が弱音器を伴わないので、音色が繊細。T81からは、普段低弦楽器が、細かい動きで支えるのは、今までに余り見られなかった手法。T156では、hr.が9小節にも渡って、低弦と一緒に、吹くのは大変であっただろう。ランクはDと同じで良い。
 2013年12月31日 追記。 ヴァイル指揮のターフェルムジークの演奏を聴取。ホグウッド盤と同じ様な古楽器を使用しているのか、冒頭のhr.の音色から快活的。ホグウッド盤の様に、緩楽章では、各パート、特に低弦の細かい音色が十分。ランクは当初はDとしていたが、この緩徐楽章は、やはりBランク以上に上げたい。
 2016年6月7日 ブリュッヘンOrchestra of The Age of Enlightenment  No.47を聴取。ひとつ前のNo.46と同様に、試行的に色々と取り組んでいる個所が多いと思う曲のひとつ。第1楽章は弦を主体とした変奏曲であるが、ピチカート奏法などの音色の変化は取り入れず。50代より少し前のスタイル。低弦でも通常は伴奏に徹することが多いva.が重要。ユニゾンが大半だが、vc.と同じ音程あるいは、異なる音程である。ブリュッヘンは、各弦の音の分離がそれほど目立たず。
 
2017年1月16日 T. ピノック No.47を聴取。第1楽章は、強弱の対比が大きく、奏者の多いオーケストラのほうが有利と思う楽章。ピノックは奏者がやや少ないので、この当たりの対比は少なめ。一方、自分なりに一番の聴き所としている第2楽章。管楽器は、あくまで伴奏に徹して、弦楽器が主体で動く。特に低弦に旋律を受け持つ手法は、ピノック盤を聞き始めて初めての曲。奏者が少ない分、第1、2vn.は、あくまで低弦の旋律を重視して音量を落とす個所は、従来通りの解釈で心地よい。
 しかし、あらためてヴァイル盤を比較してみる。このUn poco Adagio、cantabileの指示の様に、謡う様な雰囲気が真髄。冒頭の主旋律が、何度も変奏されながら登場する。終わりに近いT156からの部分。ここでは、低弦に加えてhr.が持続音で加わる。ヴァイル盤では、この部分の厚みが多い奏者を生かしている。それに対してピノック盤の方は今ひとつ。
 
2017年4月3日T.ファイ No.47を聴取。ひとつ前のNo.44で、この頃に作曲された共通の動機が多いと記載をした。このNo.47も同様で、No.44 第1楽章のT55の動機がここでは採用。No.48の第1楽章の様に、様々な動機が至る所に登場。しかしこちらの方が細かく丁寧に書かれているようだ。
No.41 第1楽章の冒頭主題で、最初の4音符の音程。弦の各パートは重音で引いている。重音による音の厚みがファイでは十分。展開部の最初T57は、冒頭の動機は同じ音程だが、重音を伴なわないので柔らかい雰囲気。しかし、あなどれないことに、T58から2つのvn.パートは半音ずつ上がっていく。この緊張感が効果的。
第2楽章は、Cantabileの標記がしてあるように、主旋律を如何に引き立たせるかがポイント。ファイの演奏は主旋律は、思ったほど引き立てず各パートを均等に扱う。後期の交響曲と異なり、vc.とbassの分離はない。またva.も大半は、同じ音程でvc.とユニゾンで引いている。vc.はva.と同じ音程であるが、va.よりもやや目立たせている。しかも、旋律の個所によっては、fg.を伴うかどうかも細かく分けている。T157から低減のTenutoは、ピノック盤と同様に強調し効果的。テンコ盛りに近い感じの第1楽章と比較して、落ち着いた雰囲気に終始するが、個人的に、この曲の中で一番好きな楽章。
Finaleは、第2vn.のT55のシンコペーション動機は、目立たせている。この動機は重要で、展開部T155でも登場。しかし再現部では登場しないので、重苦しい再現部の雰囲気を回避するように効果を挙げている。No44と同様に、繰り返しの装飾が特になし。曲想や雰囲気からして、繰り返しの部分で、装飾を加えてもおかしくはないが。装飾を加えるかどうかの解釈について。自分なりには作曲者の解釈、特にNo.44に代表されるように、切りつめた旋律、音域、少ないパートで表現するのが根底と思っていたが。そればかりが原因ではないようだ。
  2018年6月11日 ヘルムート ミュラー=ブリュール ケルン室内管弦楽団No.47を聴取。No.43.46より引き続き聴取するが、こちらの方は、管楽器のsoloの箇所も多くい。第2楽章は変奏曲。ファイの演奏でも記載をしたが、主旋律をいかに引き立てるかがポイント。(下記のブログを参照)

http://mistee01.blog118.fc2.com/blog-entry-706.html

 ミュラーの録音は、第2vn.は左側に位置。Tuittiでvn.全体の迫力は左側に集中するので、今ひとつ。しかし、交響曲No.第2楽章は低弦の独自の旋律が特徴。低弦とvn.との対比が聴き所のひとつなので、この楽章だけは違和感はない。
2018年11月24日 47番 D バレンボイム イギリス室内管弦楽団を聴取。No.44から49にかけては、作曲年代が近接していてNo.45の冒頭に登場するシンコペーションの旋律などが他の曲にも登場する。No.47のFinaleなども類似箇所がある。第1楽章の短調による再現などNo.46同様に実験的と思う箇所もある。これらの特徴の追加として、緩叙楽章で変奏曲が採用されたことがある。
  後年に見られる緩叙楽章の変奏曲では、とちらかといえば、楽器の音色の変化も重視をした雰囲気がある。一方この曲に関しては、まだ最初の頃ということもあり、楽器の音色の変化は余り重視をしないと思う。Va.と低弦は、殆ど同じ旋律で終始をする。しかしこの同じ旋律、特に、va.とvc.が同じ音域で演奏することが特徴にひとつで聴き所であると思う。
後年になると、vc.とbassの分離がいたる箇所にある。しかしこの曲では、まだ分離がない。その分、逆にva.とvc.は同じ音域でユニゾンで演奏することが特徴になる。概して第2vn.の右側の両翼配置についてのメリットを記載してきた。しかしこの第2楽章に関しては、va.とvc.の一体感が重要になり、両翼配置よりも通常配置がふさわしい。
 弱音器を付けた2つのvn.が冒頭から登場する。また少し遅れて登場するva.以下の低弦の対旋律も対等に演奏。ハイドンの定番にもなっている緩叙楽章では、弦楽器のみからT11で管楽器が次第に加わり音に変化や厚みを加えているのは共通した手法。T11で2本のhr.続いてT15でob.が追加となる。定番であるが、ある意味では聴取する側としては、このパターンから指揮者により、どの様に展開していくかがポイントになる。また、繰り返しが全くないので、聞き逃さないように注意深く聴く必要もある。
 バレンボイムの演奏では、各パートを全く均等に演奏しないのはNo.46と同様。T40からの第2変奏でも、主旋律は残っているが、第1vn.の高い16分音符の旋律を強調。この16分音符の短い動機は重要で、様々なパートに受け継ぐ。T52では低弦になるが、ここではテンポは冒頭と同じで柔らかく演奏される。 いままで聴いて来た指揮者の大半は、T52以降も低弦を含めて柔らかく演奏することが多い。しかしバレンボイムの演奏は、T80で突如、音量とテンポを上げる。低弦の旋律がそれまでのスラーではなく、刻む様なリズムとなり、強調されて今までの雰囲気とは「がらり」と変わる。この対比がとても印象的。低弦の強調もあるが、高音域のvn.も弱音器を一瞬、外したかと思うほど音量が大きい。その後、再び柔らかい雰囲気で終わることも対比されている。
元々この交響曲はランクを低くしていたが、ヴァイルの古楽器で細かいニュアンスが印象的があった。これを契機として、この楽章のランクを上げた経緯がある。指揮者による解釈の差が、とても興味深い。バレンボイムの演奏は今までとは全く異なる。実験的な曲かもしれないが聴き比べとしては、この楽章ではとても、ランクを高く上げたいと思った。
 2019年4月2日 エルンスト・メルツェンドルファー ウィーン室内管弦楽団 47番を聴取。井上著にもモーツァルトが愛好したようで主題を書きとめていると記述がある。行進曲風のリズムはハイドンは余りないと思うがモーツァルトには、しばしば登場する。
管楽器が他の曲以上に活躍することもあり、弦楽器と管楽器のバランスが聴き所。第1楽章の冒頭から音量を上がって行き、主旋律受け持つ楽器が変わっていくのが、この演奏でも良く分かる。
 作曲順に聴き始めて、緩叙楽章で変奏曲が入る曲のひとつ。冒頭の主題が必要に応じて、変わっていくが各パートの細かい掛け合いが興味のあるところ。T11からホームページが入り始めるが4分音符の第1vn.との掛け合いも良好。その後T15からの楽器、特にob.の音色も自然な雰囲気。昨年聴取した、 D バレンボイムの 強弱の対比がやはり印象が残る。このため、バレンボイムの演奏のランクをさらに高める結果となった雰囲気。