音楽聴取記録(交響曲の聴取 各曲の聴取記録 通しNo.○ hob-No.-○


No 
Hob.
No.
 
通称名   作曲年 調性   楽

 fl  fg trp  cl  timp   cmb ランク    聴きどころ、ポイント
24  15    1762 A 4 -  -  - - (1)  C Andanteでのvn.vc.の終始ユニゾン。UPFinaleの対位法的な手法
       1 A Alleglo molto
       2 D Andante
       3 A Menuetto alegretto
4 A Alleglo
 Alleglo moltoの第1楽章はA調の明るさを生かした親しみやすい主題。(モーツァルト交響曲No.33の第3楽章に似ている) Andanteでは、soloとして活躍はないがvc. がvn.の旋律を常にユニゾンで引くのは、初めての試み。各弦のパートが細かく聴き取れる。管楽器が全て休むので、弦楽器が如何に聴かせてくるかがポイント。注意深く聴いてみると、va.と低弦とは、常に同じ旋律で引いている。
 Allegloでは第4楽章の主題のフーガ風にパートを変えながら進行する。fl.が一部でも入っていたら、さらに聴き応えがあったと思う。
 ドラティ盤ではAndanteでのチェンバロの装飾音が目立つ。Menuettoのテンポが遅く、Andanteに近い。
 2010年12月22日 ディビス盤を聴取。聴き通して久々のシャープ系の長調が登場。第2楽章のAndanteは、vc.とvn.のユニゾンが聴き所であるが、管楽器が休みの中それほど目立たず。cmb.はドラティ盤ほど装飾音もなし。
 一番の聴き所はFinaleで低弦との対比法的な動きは目を見張る。聴き所のポイントでは、第2楽章のAndanteとしたが、FinaleのAllgloの対位法的な手法が一番であると訂正したい。
 2011年3月16日 スコアを見ながら3者の演奏を聴取。 Allegloは提示部が42小節に対して展開部は22小節しかない。すぐに再現部が始まり、いきなり転調するのにはビックリする。
 Andanteはフィッシャー盤では、vc.がsoloでオブリガートに徹して引いている。1オクターブ低い旋律で旋律もほぼ同じ。記譜されている音域の記号も、低弦記号でなく高い音域が多い点によると思う。
 trioではob.のsoloがある。第1楽章でob.のsoloの箇所は多少あった。Hob-No-38の様にFinaleはあたかもob.協奏曲のような期待もされるが、この曲では活躍はなし。
 Finaleは繰り返しを採用しても演奏時間は約3分で66小節。フーガの様に各弦が動き回る。何度か聴いてみると対旋律がしっかりと寄り添い対位法が十分。一つ前のHob-No-Bと比べるとFinaleの聴き応えは、こちらが断然上になる。全体的に、さらりと流れる様な感じが多いがFinaleは、かなり念入りに書かれていると思う。
 ディビス盤のAndanteは、vc.はsoloであるがbass.とcmb.の音が大きい分soloが目立ちにくい。trioの繰り返しでsoloのob.は旋律に変化を加えている。シャープ系の調でもあり、もしfl.が少しでも入ったら、さらにランクが上がると思った印象は変わらず。
 2013年3月3日 追記。ホグウッド盤を聴取。
Andanteのsolo vc.は、思ったより目立たない。Finaleの対位法も、小編成のためか、よく聴き取れる
 2015年3月2日  ゴバーマン盤を聴取。第2楽章のAndanteで、vc.のSoloは、それほど目立たず。聴き応えのあるFinaleは、第2vn.を含む、各パートが良く聴き取れる。
 2019年3月5日 エルンスト・メルツェンドルファー ウィーン室内管弦楽団 14番を聴取。第1楽章の冒頭の第1主題は調性こそ違うが、モーツァルト交響曲No.33 K319 第3楽章 Menuetの主題に類似していると思う。曲の後半  Menuet (Trioを含む) Fianle は概してテンポは遅め。それに対して冒頭の第1楽章は、速めのテンポが多い。この曲も同様に速め。第2楽章 vc.のsolo(オブリガート)も、余り目立たせていないのも自然な雰囲気。
 第3楽章 Menuetで、通常ならTuittiの箇所などでob.の目立つ箇所が多い。しかし、この楽章に関しては全く違和感なし。Trioでob.のsoloの部分もテンポをさらに落とすが、伴奏に回る弦楽器分との対比も良好。FianleはNo.3のFinaleにも少し雰囲気は出だしが中心に類似しているかも。しかしこのNo.17の方は、弦を中心とした各パートの動きはフーガの様に展開して行くが、16分音符のスラーの旋律が入るなど明るく流れるような雰囲気を重視。No.3のような力強さとは対照的。
 曲を聴き通ししていく中で、第1楽章は概してどの曲もTuittiの箇所にob.が目立ちすぎる。しかし後半に従ってTuittiの箇所はob.が控えめに回り、それほど問題がない。Fianleは概して遅めのテンポで、ハイドンらしい軽い雰囲気で終わるのを表に出すのがメルツェンドルファーでの解釈なのかも。