音楽聴取記録(交響曲の聴取 各曲の聴取記録 通しNo.12 hob-No.-25


No 
Hob.
No.
 
通称名   作曲年 調性   楽

 fl  fg trp  cl  timp   cmb ランク    聴きどころ、ポイント
 12 25    1760-61 C 3    -  - - (1)  A 第1楽章で序奏付きの最初の曲
       1 C Adagio Alleglo molto
       2 C Menuet
       3 C Presto
 通し番号を聞いて来た中で、初めて第1楽章に序奏が付いている曲。序奏も長く、短調に転じたり、主部との対比がある。さらに中期の交響曲のようにも聴き取れる。通称名もないが、初めて聴く人に中期に近い曲だと紹介しても違和感は全くない。井上著では、小型の交響曲だが、極めて充実しているので、1764年以降の作曲ではないかと記述。私も同じ考えである。その後、スコアを見ながら、もう一度聴き直す。序奏は23小節もありかなり長い。主部とも関係はなさそうで、曲想も変化は多少あるが、転調も少なく一貫性はあまりないかもしれない。しかし、AdagioからAlleglo mltoへのテンポの変化は絶大であると思う。
 仮に、もし序奏がなかったらどうなるか?この例として、この後の作曲になるHob-No-53などは、序奏の有無による価値が大きいと思う。ただしNo.53は、テンポの変化が余りない。むしろ後期の交響曲のNo.75を取り上げたい。序奏はGraveでPrestoの主部に突入する。作曲年代は、1781年と約20年も先となってしまうが、テンポの変化を含めて序奏の威力が分かると思う。後年の序奏の効果を作曲者が実験的に取り入れているのではないか。
 ただしこれは第1楽章のみの話で、全部で3楽章を聴き通すと、他の2-3楽章は第1楽章と比較するとやや劣る。(緩徐楽章がないのが影響) それでも全体を通して聴くと、中期の作品に聴こえる。井上著の本でも、「極めて充実しているので、1764年以降の作品ではないかとの? もある」と記載があった。
 後で気付いたのだが、この第2主題は、Hob-No-1の第1楽章の第2主題と共通する点があると思った。Hob-No-1の方は、未発達に近い第2主題の様相ではあるが。一方No.25の方は、第2主題自体も少し長く'(6小節)展開部でも少し登場する。このため第2主題であるのは明白である。
 第2楽章のMenuetのtrioではvn.のピチカートや管のsoloの扱い方などは、早くも中期以降の作品の芽生えあり。(中・後期になると、Menuetのtrioでは、管・弦のsoloが、もはや定番に近くなってくる。)3者の演奏の中でフィッシャー盤は、小編成で残響が多いこともあって、とても美しい音色である。
 Prestoの主題は簡潔であるが、短いながらも飽きさせない展開に終始する。Finaleは113小節。繰り返しがあっても3分程度の演奏時間。この後のHob-No-3でも記載をしたが、やはり飽きさせない印象は変わらず。今までの評価の中ではAランクとしたい。
 なおFinaleのPrestoの主題は、飽きさせないと記述をしたがその後、全曲を聴き通してみた中で、この後に続くHob−No.-5のFinale主題と共通する部分が多い。フーガの形式までには至らないが対位法が、かなり駆使されているのも、Aランクの要因であると思う。
 ドラティ盤は序奏のテンポがやや速めなので、主部との対比がやや目立たない。また第1楽章はAdagioの表記のみ。
 2011年7月3日スコアを見ながら再度、3者の演奏を聴取。序奏が初めて登場したのは前記した。第1楽章が188小節ある中で、序奏は23小節を占めている。序奏のテンポが、ゆっくりということもあり、聴き通してみて時間的に序奏の占める割合はかなり大きい。曲想の変化と転調が少ないと前記をした。しかし注意深く聞いてみると、後年に見られる短調に行きかける転調もある。やはり序奏の占める影響は大きい。
 第2楽章Menuetの部分でフィッシャー盤では、提示部と再現部で、低弦の旋律が異なっている。
 Finaleは僅か114小節。繰り返しを含めてもフィッシャー盤で、2:57.第3楽章はfuga形式に近いこともあり、後年のユーモアのある雰囲気はない。楽器の種類が限られている中で、「凝縮」という表現がぴったりである。全てがC調になってしまうが緩徐楽章がなく3楽章。同じ調性が続いても違和感はない。
ドラティ盤でも序奏と主部のテンポの対比が余りないのは前記した通り。
2012年3月5日追記 デイビス盤では第2楽章のMenuetの終結は、フィッシャー盤と同じ。ディビス第3楽章では、ライブ録音とも相まって、管楽器の独自の旋律が聴き所。フィッシャー盤やドラティ盤では、余り気付かなかった点で、管楽器のob.の旋律が印象深い。T114のFinaleで管楽器の動きは余り注目ではなかった。
提示部では、管楽器のob.とhr.は、それほど、独自の動きはなし。ところが再現部になると、楽器の役割自体はそれほど差はないと思うが、各パートの中で独自の動きがある。各パートの旋律が重なることもあって、提示部と異なり勢いが増している。この当たりは、細かいところが聴き取れるからこそ分かると思った。
 2013年2月10日 追記。ホグウッド盤を聴取。元々、この曲はランクが自分なりに高く評価していること。作曲年代の位置付けでは、中期に近い作風であること。最初にフィッシャー盤を聴いた演奏が強すぎている影響がある。ホグウッド盤では、小編成であり、第1楽章での序奏と主部の対比が少ない。やはりフィッシャー盤には敵わない。
 第2楽章Menuet Trioでのob.が主旋律を受け持つなか、弦がピチカートで伴奏するスタイルなどは、聴き通してみて初めて登場。このあたりも、ずっと後の作品に感じさせる要因。
 Finaleは、第1と第2vn.が、同じ旋律を受け持つ箇所が多い。速いテンポで、この旋律を引くことは当時ではかなりの演奏技術が要求されたであろう。もう少し後になると、(hob-No.-20番台以降)では、この様な手法がしばしば見られる。その先駆をなしているとも思った。ホグウッド盤では小編成の分、演奏技術の高さの点でも意識をさせている。 

2017年6月21日 T ファイ盤を聴取。No.43.25.36の順番に収録されているが、No.25から聞きはじめる。下記のサイトにもレビューがある。

http://micha072.blog.fc2.com/blog-entry-395.html

ファイ盤をはじめて聴いたのが、No.40。その後、初期から後期のものを暫時、入手している段階。最近では最初期のNo.1からがある。曲自体に管楽器のsoloの箇所が少ない分、弦楽器が中心となる。vn.パートが左右に分かれているので、特に第2vn.の動きが明白。
 第1楽章の冒頭から、第1主題がvn.はユニゾンではなく、音程が3度を中心に微妙にずれているのがよく分かる。No.1と同様に、第1楽章もシンコペーションのリズムは少しがあるが余り目立たない。
 2つのvn.パートの音程の差は、第3楽章の冒頭のFinaleも同様。冒頭から3度離れて主題が登場するが、その後T4からvn.は同じ音程のユニゾンで f の旋律との対比が目立つ。このFinaleは前半と後半の繰り返しは忠実に守るが、店舗は中庸なファイ盤でも113小節。演奏時間も3:45しかない。繰り返しがありながらも、シンコペーションのリズムを伴い旋律も取り入れた効果があり、力強い締めくくりがある。しかし、テンポの変化、微妙な旋律の装飾はファイでも、他の曲ほど目立たないと思った。
 
2018年6月29日 パトリック・ガロワ(Patrick Gallois)指揮のシンフォニア・フィンランディア 25番を聴取。このCDはNo.25以外に、No.42とNo.65が収録されている。最初にNo.25を聴取。
 ごく初期の作品のひとつとされているが、井上著にも記載してあるように、かなり後に作曲されていると私は思う。第1楽章の23小節にも渡る序奏は、Adagioの指定。今まで聴いて来たCDは、このAdagioのテンポで、その後のAllegroの主部との対比が印象的と、過去に何度も記載してきた。しかしガロワの演奏は、Adagioのテンポではなく、とても速い。Allegroのテンポに近い様で、T24からの主部ののテンポの対比が、殆どないのがとても残念。

 かなり後の作品と思うポイントのひとつには、第1楽章主部の第2主題にもある。調性こそ違うが、最初の頃のひとつNo.1 第1楽章の第2主題と類似している。No.1でのこの主題は、経過的で短いもの。(T23からのわずか2小節のみ)、展開部でも、余り登場しない。一方、No.25のほうはt57から)類似した主題ではあるが、展開部でも素材のひとつとして扱われる。この部分だけを比較しても、最初期の頃の交響曲とは思えないと感じる。ガロワの演奏は、第2vn.が右側に位置し、ファイ盤以上に、第2vn.との対比が明白に聴こえるのが良いと思った。
 Finaleは繰り返しを忠実に守るが、Prestoのテンポを重視し、かなり速い。2:54で、一気に終わる。
2019年2月20日 エルンスト・メルツェンドルファー ウィーン室内管弦楽団 20番を聴取。作曲順番から聴き始めて序奏が始めて入る曲。比較的長い序奏から明るい伸びのある主部に突入する対比が一番の聴き所。ここではNo.27と同様にob.が前面に殆ど出てしまう。弦楽器の細かい音、特に第1、2vn.がob.に負けてしまう。

冒頭の主題の部分。T26で2つのvn.が16分音符で演奏する箇所がある。この部分が2本のob.に負けてしまう。この動機はこの後の展開部でも活躍するので大切なものだと思う。しかし展開部T114からでもobの持続音に負けてしまい、旋律の対比が聞き取り難い。(この部分は音程の違う2つのvn.の旋律が、冒頭の主題から変形されて一番の聴き所なのだが)

 第2楽章のTrioではhr.とob.が前面に出る。その分、弦楽器群はピチカートで伴奏にすべて回る。この部分では普段は余り目立たないhr.も前に出ている。ob.も少し控えめ。弦楽器とのバランスも良好。Tuittiでなぜ、これほどob.を前面に出すのか再び疑問に思う。