音楽聴取記録(交響曲の聴取 各曲の聴取記録 通しNo.98 hob-No.96  
2024年6月13日 更新 

No 
Hob.
No.
 
通称名   作曲年 調性   楽

 fl  fg trp  cl  timp   cmb ランク    聴きどころ、ポイント
98 96 奇跡 1788 D 4 -  -  - - (1) C 緩徐楽章で打楽器等を用いながらも、音色の対比を十分に発揮
       1 D AdagioーAlleglo
       2 G Andante
       3 D
4 D Finale:Vivace assai
序奏や主調で登場するものの、途中は短調に調性が変わるなど、頻繁に登場するパターン。主部の第1主題は、 第2主題は、第1主題とも関連することもあり、明確な対比は見られない。hob-No.-93と同様な扱い。フィッシャー盤では、展開部でvn.のsoloがある。擬似再現を挟んでの展開部は通常通り。しかし、No.94と異なり、省略を挟みながらの再現部で大きな、展開はなく、オーソドックスにとちらかと言えば終始。
 第2楽章では中間部にtimp.等が登場。フィッシャー盤では、各弦のsoloと木管楽器の掛け合いが美しい。ハイドンの後半の交響曲では、木管楽器の扱いがsoloをt中心に聴かせるところが多い。この交響曲では、緩徐楽章の終わりの部分で、頂点に達すると思った。中間部で打楽器等を使用しているので、弱音での対比が目立つ。楽器の音色を最後は、旨く締めくくっているのが効果がある。 
 Menuetのtrioでは、例によって、フィッシャー盤では、弦のsoloがある。Finaleは、複数の主題を含むロンド形式。fg.の音色を効果的に使い、ユーモアの雰囲気は、常に支配。全体的には、No. 93と同様に、調性がDで同じであること。soloを中心とした音色の対比。
 なお、通称名の奇跡の名称は、極めて関連がないエピソードであるらしい。しかしどの様な理由であっても、通称名があることで、他の名称のない交響曲と比較して、印象に残ることは目立つポイントである。

(2020年1月13日追記 タグとして2010年3月8日とする)
2010年9月11日 NHK FM放送の番組「吉田秀和 ハイドンその生涯と音楽 第44回」
 を聴取。T. ピノック ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団による演奏。古楽器の演奏っではないが、演奏スタイルは、解説者の通り、当時を踏襲。この演奏シリーズと一連で聴取してみて、編成は、それほど多く様だ。第2楽章の後半部分で、弦のsoloと木管の柔らかい掛け合いがあるが、音色が心地よい。コンセルトヘボウの特徴かもしれない、響き豊かで温かみのある録音は、好感。第4楽章が、ユーモアの極地であると思う演奏は変わりない。
2015年1月10日 2015年1月10日 G.ヘルヴィッヒを聴取。第1楽章は比較的、速いテンポ。第2楽章T38の低弦がfのトリルで入る。再現部のvn.soloのT80と対照的。刻むようなリズムが中心の中で、長音符のトリルが目立つ。
2015年5月2日 ゴバーマン盤を聴取。No.92から引き続いて聴取。trp..とtimp.が初めて登場。第1楽章のT187から、通常は、「f」の指定で、codaに向かうが、ゴバーマンの演奏は、「f」でなく、次第にクレッシェンドに向かう。第1楽章は、統一した旋律が余りなく、どちらかといえば、テンコ盛りが特徴。その分、この楽章は、統一性に欠けて、各パートの細かい比較が難しい。
 No.92と比較して、管のsoloの箇所が多くなり、その分、細かい弦のパートの動きや比較の聴き所が全体的に少ない。ゴバーマンの演奏も、この特徴にマッチしないと思った。
2015年7月28日 C.デイビス ACO(アムテルダム ロイヤコセルトヘボウ 管弦楽団)旧盤(1975~81年)の録音。ロンドンセットの中で、一部は新盤として新録音はあるが、未入手。旧盤で2013年に、追悼企画としてタワーレコード限定版として発売されたもの。しかしそれ以前に、購入していて、今回、重複してしまった。ロンドンセットの作曲順番として、No.96から聴き始める。
やや、ゆっくり目気味のテンポで、モダン楽器を大編成で聴かせる、一昔前の雰囲気。第1楽章の後半の繰り返しはなし。楽器の配置は、一般的に、第2vn.は左側に位置。大編成の分、管楽器と打楽器群は、やや控えめ。Finaleで「p」指定から始まる単一主題。終わりの方のT210で、timp.が、独自の音符を引くが、ここでは目立たず。
 2015年11月1日  ノリントン ロンドンセット ライブ盤 No.96を聴取。Finaleの速いテンポで流れるのが特徴。Finaleの前半のみは繰り返しがあるが、後半以降は繰り返しがなく、流れるように進む。No.95から引き続く聴取するが、こちらの方は、いささかインパクトが薄い。
 音源について。No.93でも少し記載をしたが、弦楽器の各パートの広がりが大きく、soloが余り目立たない。また、管楽器の広がりが不足し、オケ全体の分離間が不足。ライナーノートの解説では、ロンドンでの初演を忠実に再現するために、楽器の数と配置にノリントンは守ったとのこと。写真でも、低弦は左右に均等に分かれている。管楽器は端の方に位置している。
2015年12月20日  バーンスタイン ニューヨークフィル No.96を聴取。第2楽章の終わりに近いT68当たりから、次第にテンポを落とし、2つのvn.のsoloに引き継がれる。第1楽章から、第2楽章のT67まで、ゆったり目のテンポがさらに落とされて、謡うように終わるのが印象的。
 第3楽章のMenuetの冒頭主題の装飾音の扱いも独特。装飾音としてではなく、通常の音符として通している。第1、2楽章のゆったり目のテンポよりもさらに落として、この装飾音でない音符が、主題としての大きな動機であることを印象付けされる。
2016年1月3 日 Georg Solti London盤 の No96を聴取。No.97,98ほどではないが、第1楽章の主部のテンポは、やはり速め。弦の各パートが自然なバランスで、特に右側に位置するva.は割合に要所ではっきりと目立つ。普段は、T15..T54のfzの部分を意外な発見。Finaleのテンポは中庸。
2016年2月11日 プレヴィン ウイーンフィルのCDをNo92に引き続いての96を聴取。No.92で音の強弱をそれほど強調せず、流れを重視することをポイントとして書いた。この解釈もNo.96も同様。FinaleはNo.92t異なり、ソナタ形式でない。最初の部分は繰り返しがあるが、T48からは、中間部に短調を含み、繰り返し記号はなし。曲自体も流れるように進むので、強弱の指定を守りながらも、微妙なニュアンスをつけている。終わりに近いT225のtimp.の部分。ノリントンの演奏でも同じような解釈であったが、timp.のsoloに近い登場。この直前に、他の楽器は、少し音量を落とす。そして、T225にtimpが、f で登場。それまで、timp.が目立たなかったが心地よい解釈。
2016年8月9日 ブリュッヘンOrchestra of The Age of Enlightenment  No96を聴取。Fとpの微妙な強弱を付けるのは、どの指揮者でも共通しているが、ブリュッヘンでも同様。第1楽章終わりの方のT191から194にかけて。大半の指揮者は、fの指定をそのまま通してcodaに向かう。ブリュッヘンは、僅か1小節であるが、真ん中のT192をfではなく、少し弱めて演奏している。
2016年4月18日 ホグウッドNo96を聴取。作曲年代がNo.75より時期がたっているためか、No.75と同じD調であるが編成が大きいようだ。第2vn.も対向配置の様に思える。また冒頭からcmb.が適宜入っている。
打楽器群のtimp.が随所に活躍。ノリントンでも同じ様な効果を上げていたが、あたかもTimp.のsoloの様な活躍を重視している。特に第3楽章は、作曲者の指定通り、Menuetの主部(第1部と第2部)を忠実に2回繰り返している。(trioの後の再現も含めて) この部分を注意深く聞いてみると興味深い。スコアでは単に、trp.と殆ど同じ旋律で補強的に動いているのみ。しかし下記の様に、timp.は、独自の動きをしている。
第3楽章 timp.の旋律
・第1部(前半):通常
・第1部(前半)繰り返し:通常
・第2部 (後半):なし(パートなし)その分、cmb.が目立つ.
・第2部(後半)繰り返し:通常
Tiroの後、Menuetの再現
・第1部(前半):通常 前打音あり
・第1部(前半)繰り返し:通常 前打音あり
・第2部 (後半):通常 前打音あり
・第2部(後半)繰り返し:通常 前打音あり

この様な演奏スタイルは、初めて聴いた。第1楽章の提示部と再現部で、作曲者は主題の旋律で調性が同じあるいは、類似の調でも、楽器編成が異なることで、微妙な変化を加えている。たとえば、No.97の第1楽章の第2主題。提示部は第1vn.のみだが、再現部は第1vn.とob.がユニゾンで登場するなど。一方、第3楽章のMenuetは、単純な繰り返しなので、旋律や調性の変化のない繰り返し。その様な中でも、如何にも繰り返しを忠実に再現しても興味が尽きないように演奏するホグウッドの演奏にはびっくりする。パリセットのNo.96などは、timp.が随所で活躍する。ホグウッドはパリセットを録音していないかもしれないが、もしこの様な解釈で演奏したものがあれば興味深い。
 2016年10月15日 E ヨッフム ロンドンフィルハーモニー管弦楽団 No.96聴取。No.93、94に。第1楽章は、短い動機が組み合わさる。複数の旋律が同時に登場するので、各楽器の旋律の対比がポイント。第2vn.は対向配置でないので、弦楽器の細かい旋律が聴き取り難い。(モダン楽器のゴバーマン盤は、ヨッフムとは異なり、対向配置でこの対比が良く分かる)
 一方Finaleは、時間も短く、単一主題で早く流れるようにcodaに向かって進む。基本的な解釈はNo.93~95と同じ。Codaに向かって、T200のフェルマータ以降、少しテンポを落とし。その後、元のテンポにfに向かいながら盛り上がるのは、効果的。

2017年7月26日 N. アーノンクール  Royal Concertgebouw  Orchestra No.96を聴取。ロンドンセットでは、No.93からだが作曲順番を守るためにNo.96から聴取。下記のブログにもレビューが記載されている。

http://micha072.blog.fc2.com/blog-entry-166.html
レビューでは主に「ふくやかな ボリューム感」がキーワードになっている。No.68では、今ひとつ、この緩叙楽章の第3楽章では余り私としては印象がなかった。それに対して、この曲では、存分に生かされている。レビューにも記載されているが、第1楽章の第1主題のスッタカートでない解釈がその典型。ハイドンの旋律の特徴は様々であるが、この第1楽章の第1主題は、短い動機が対旋律がしかも同じ短い動機で対比させている。経過主題も同様で、第2主題は一点、やわらかいスラーを伴い旋律など、提示部ひとつをとっても、様々登場し展開がある。


 得てしてT18の第2vn.以下の対旋律は、スコアではスッタカートの指定で刻むように演奏される。第1vn.のT20の8分音符のスラーの旋律と対比されることもあり、いかにも対旋律という雰囲気。しかしアーノンクールでは、第2vn.以下の対旋律がスッタカートではなく、通常の音符で引いている。スラーほどではないが、明らかにこの部分が柔らかい雰囲気として主題を明示している。
 やわらかい雰囲気は経過部分のT57からの部分。弦のユニゾンの4分音符の動機は、第1主題の対旋律と同様にスッタカートでなく、やわらかく引いている。これに続くT61の長い旋律へ、滑らかに引き継ぐ。T61の旋律は再現部では登場しないので、提示部で、この部分は繰り返しがあるとはいえ貴重な部分。対旋律の滑らかな雰囲気は、展開部の一部では、スッタカートに近い奏法になって、調性の違いもあり効果的。圧巻は、codaの部分でT191当たりから、16分音符を含む短い動機はスコア通りスッタカートに近い奏法を採用し、緊張感を増して締めくくる。ノリントンのノンレガートとも少し違うが、スッタカートを殆ど終始採用しないで通すことにより、楽章全体が締まった雰囲気になるのは、アーノンクール独自の解釈だと思う。

強弱に関して、得てして必要以上に f を採用しないのも特徴のひとつ。その分pの柔らかい雰囲気を重視。特にFinaleの冒頭からT49までは弦楽器を中心として、終始 p の指定になっている。アーノンクールは常に、この p の雰囲気を重視し、できるだけ柔らかく演奏するような解釈。T8からのbassを伴わないvc.の高音域の旋律は大切だと思うが、柔らかい雰囲気が良く出ている。最後のcodaに向かって盛り上がるように締めくくるのに良い解釈。
 従来まで、この曲はロンドンセットの中では、特に第1楽章に関して、動機が多くテンコモリのような雰囲気に違和感があった。しかしアーノンクールの演奏を聴いてみて、あらためて独自の解釈を通して魅力があるひとつだと認識した次第。

201812日  T ファイ No.96を聴取。下記のブログにも、名盤と記載されている。

 

http://micha072.blog.fc2.com/blog-entry-168.html

 

アーノンクールの柔らかい表現も適宜あるが、基本はリズム感の対比を重視。第1主題の冒頭は、アーノンクールと同様に少し柔らかい雰囲気もあるが、t43当たりからのTuittiで管楽器等のリズムの部分は爆発的。弦を含めた各パートの分離感は、ファイの特徴のひとつではある。ここでの例として提示部、終わりのほうで小結尾の部分の部分。属調でfl.の主題に対して、第2vn.16分音符。第1vn.の長い音符に対して、第2vn.16分音符は、fl.に呼応するかの様に柔らかく引いている。これに引き続きT79の部分の f のリズム感と対比されている。展開部と再現部も繰り返しを丁寧に採用。再現部、手前の部分では、vn. Soloが装飾を含めてあり、アクセントが良い。

 第2楽章の中間部でT39の部分。ここでは、hr.trp.が、この楽章では、柔らかい立場で少ししか登場しなかったのが対照的。

 ManuetTrioの部分は、テンポをやや落としてob.の即興も含めた旋律を弾きたたす。Finaleも冒頭からアーノンクールと動揺に柔らかい雰囲気を基本にしながらも要所はリズム感を爆発。アーノンクール盤で、テンコモりの第1楽章を見直したことは記載をした。改めてファイの演奏を聴いてみると、解釈こそ違うところはあるが、もともとアーノンクールをファイは師として仰いでいたこともあり、共通点も見出せそうだ。両者ともに、この曲の名盤で推薦したい。

2018年5月6日 96番 ロスバウト バーデン=バーデン南西ドイツ放送交響楽団 を聴取。録音は1954年であるが、ひとつ前のNo.90と比較して、ダイナミックレンジがやや狭く、歪が少し多いような気がする。もともとの作曲スタイルにも影響するかもしれないが。第1楽章は、様々な動機が、soloを含む箇所で随所に登場すること。No.90以上に、打楽器群が活躍すること。No.90ほど、打楽器群は目立たないことはないが。それでも、各パートの分離感が、他の曲以上に必要とされると思う。このスタイルに合わせるためには、録音の音源がやや不明瞭なことも相まって、No.90ほど印象は少ないと思った。第3楽章でtrioの後半の部分。Ob.のsoloの部分で、trp.が入っているようだ。

2018年8月26日 クイケン ラ・プティト・バンドのNo.96を聴取。No.97,98の3曲が収録されている。作曲順番にNo.96を聴取。パリセット等を過去に聴取しているがここではノリントンと類似した解釈。下記のNo.92のブログにも少し記載。

http://mistee01.blog118.fc2.com/blog-entry-557.html 

基本的には同じ解釈だが、打楽器群が入ってくる。第1楽章のスラーのつなげ方が独特。微妙な強弱をつけている。この楽章は様々な動機が登場し、ややもするとテンコモリの雰囲気になりやすい。過去は評価を自分なりに低くしていたこともあった。アーノンクールの演奏で、微妙な柔らかいニュアンスの細かい特徴を知って、少し見直した経緯がある。クイケンもそのひとつ。T18からのスラーをともなった動機は、スコアを見ると、余り頻繁には登場しない。回数が少ないこともあり、意外に目立っている。

同じような効果は、第2楽章の中間部にも現れる。第1vn.で4分音符をつなぐ箇所でも、同様に微妙な強弱をつけている。第1楽章と同様に、短調の中間部も一度した登場しないので、目立っている。
 第2楽章までは余り気づかなかったが、cmb.が控えめではあるが、入っているのが第3楽章から分かる。Tuittiの箇所で、目立たないが独自の動きもある。第2vn.は左側で対向配置でない。しかし、各パートの定位感と分離感は十分。特にFinaleは、右側のtrp.と左側のhr.がきれいに分かれていて、左右に広がった迫力がある。また中央にtimp.も思ったより、目立っていて、古楽器で奏者数が少ない割には、迫力感がある。アーノンクールやファイとは異なるが、古楽器の特性を生かした名演のひとつだと思った。
 2018年1月8日  T ビーチャム ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団 No.96を聴取。1957-58年のモノラル録音。ファイの個性ある演奏の後に聞いた後だけに、取り立てての印象は少ない。第1楽章の、提示部と後半の繰り返しはなし。他の楽章も繰り返しのない箇所が多い。第2楽章の中間部では、テンポの変化は余りないが、ことさら、強調した音量を採用しないのは意外。
 
2018年9月13日 レナード・スラットキン フィルハーモニア管弦楽団 No.96を聴取。序奏の最後の部分でob.が装飾を加えている。第1楽章は、スコア通りに、展開部と再現部の繰り返しを採用するが、装飾はないようだ。
第1楽章で比較的、打楽器群が大きく活躍するのに続き、Finaleでも同じように、活躍する箇所が多い。概して、Finaleの終結に向かって、この曲の締めくくりとしての区切りをつけるために、派手にTuittiで打楽器群を前面に出すスタイルも多い。これは、これでひとつの解釈である。しかしスラットキンの場合は、あくまで少し控えめになる。短いFinaleで、冒頭主題から飛び跳ねる様に、各パートが動き回る明るい雰囲気を旨く引き立てていると思った。
2018年11月10日 96番 バリー・ワーズワース カペラ・イストロポリタナ を聴取。Finaleはどちらといえば、柔らかくしゃれた雰囲気に終始するのが特徴であるが。時折、アクセントを伴い、tinp.などが一部で活躍する箇所がある。しかし概して打楽器群は余り強調されず。
 2018年12月1日 96番 ジェラード・シュワルツ  スコットランド室内管弦楽団Gerard Schwartz, Scottish Camber Orchestra を聴取。No.21ではcmb.が入っていたが、こちらは全てなし。同じ奏者と指揮者だが、CDの曲順どおりに聴いていくと、最初に初期の交響曲のNo.21.その後、初期の頃のvc.第1番。その後ザロモンセットのひとつの後期の交響曲となる。
 時間的には合計 このCDで 68:51。 ちょっとしたコンサートだと、このCDで少し短い時間ではあるが、協奏曲をの間に、2つの交響曲があっているプログラムになる。オール ハイドン プログラムとして企画した場合、典型のひとつになるかもしれない。
 続けて通してもし実際に会場で聞いた場合、2番目のvc.協奏曲は、舞台の正面にセットされると思う。打楽器群は最初から登場しても、奏者はいない。同じ指揮者と奏者で演奏した場合、指揮者によっては、最初の交響曲の奏者を少し減らすかもしれない。No.21にFinaleにも記載をしたが、No.21は小規模で楽団の奏者の室がそろったレベルでの聞き応えがある。
 それに対して、この交響曲はエステルハージ楽団ではなく、ザロモンが企画している。このためレベルがそろい、しかも大規模。打楽器群も入ることもあり、さらに華やかな雰囲気になる。このCDを聴いてみると、間にvc.協奏曲を挟むこともあり、特に、コンサートプログラムとしての意識が高くなる。この流れに沿うと第1楽章から、走者の数がNo.21と比較して多いように感じる。 第3楽章のMenuetとTrioの両方もテンポは遅め。この後に続く、速いテンポのfinaleと対照的。
 2019年1月15日 96番  ジェフリ- テイト イギリス室内管弦楽団 を聴取。輸入盤でNo.94.96.104とのカップリング。No.94は、別な国内盤でNo.94は聴取済み。(2022年7月30日追記  その後、調査をしてみたらNo.94は未入手)  残りの2曲を聴く。ちなみに国内盤でNo.94の録音年月日は記載していなかった。こちらの輸入盤はno94の録音年月日が下記のように記載されている。ちなみの他のNo.96と104も、備忘録的ではあるが記載をしておく。いずれも音源はEMI。

No94 14-16 feburary 1991
No.96 9-11 May 1991
No.104 13,15,16 November 1986

第2楽章の後半で2名のvn.のsoloがある。ここでは、最初は、vn.から開始するが、途中から管楽器が入ってくる。この部分から2名のvn.の音量を抑えて、管楽器を引き立てる。
 この曲は全体的に柔らかい響きの箇所が多く、打楽器群が余りかつやくしない。それでも no94にも記載をしたが、所によっては、打楽器群が程よいアクセントになっている。 
 第3楽章 Menuetの中間部分。ここではhr.を含む打楽器群が同じ旋律を演奏している。hr.はどちらかといえば音量を抑えて、trp.を前面に出している。ここまで聴いて来た中で、hr.は左側。trp.は右側に分かれて配置されている。管楽器も奥行き感がある。中央のtimp.も含めて音量的なバランスが良いと思う。
 2019年5月20日 エルンスト・メルツェンドルファー ウィーン室内管弦楽団 96番を聴取。No.95ほどではないが、録音でダイナミックレンジが、やや狭い。No.92でも触れた、各パートの動きがわかり難い箇所がある。第1楽章 提示部 小結尾のT101から、第2vn.以下は短い動機で提示する。特に低弦はvc.とbass.の分離があるが、vc.の音が不明瞭。



第2楽章は 後半におT68で2名のvn. Soloによるカデンツアがある。この入る直前に、通常通りフェルマーターのになっている。その後、スコアは、16分音符の動機で開始することが多い。しかしメルツェンドルファーの場合は、16分音符に入る直前に即興風に第1vn.が、アインガング風に独自の旋律を僅かにいれている。しかし全体的に、大きな特徴は見出し難い。
 2019年7月1日 96番 N マリナー を聴取。No.96は元々、以前はテンコモリのような雰囲気が先行して、今ひとつに印象だった。ところがアーノンクールの独自の解釈で、対旋律を含めた面白みから見直した経緯がある。(下記のブログ)

http://mistee01.blog118.fc2.com/blog-entry-840.html

アーノンクールの場合は、各動機をスタッカートやスラー適宜変えることで、楽章全体に分離感を統一感を与える。一方マリナーの場合は、これとは正反対で、どちらかといえば、流れを重視し必要に応じてのみ、各パートの対旋律を引き出している雰囲気。No.94も同じ解釈だったが、No.96も同様。第1楽章の小結尾分の部分。T ファイなどは、低弦などの分離感も含めて、勢いある16分音符の動機を「存分」に目立たせてる箇所。マリナーの場合は、この当たりは殆ど低弦は重視せず。その後T75のfl.から提示される属調の冒頭主題をあくまで引き立たせている。特に第2vn.の16分音符の、せわしいような動機は背後に控え、あくまでfl.を目立たせている。このため、冒頭の主題で柔らかく小結尾に向かって、一段落する雰囲気。
ザロモン交響曲では各パートの中で、特に低弦のvc.とbass.の分離も聴き所のひとつになっている。この曲もそのひとつで、vc.がbass.と分離し高音域で掛け合う箇所もある。一方、vc.とbass.の分離で敢て、同じ音程で引く箇所は、少ないと思う。しかし逆に、極端な音程差を生かして、低音域から他のパートを含む高音域までのダイナミックレンジの広さを味わう箇所がある。
 第3楽章 MenuetのT31の部分。ここから低弦のパートが分かれて、レンジに広さと音色が楽しめる箇所。録音によっては、vc.とbass.のパートが分かれた位置に聞こえて、さらに広がり感を楽しめる部分ではある。マリナーの場合はどちらかといえば、低弦に関しては余り分離感がない方と思われる。
 
2022年5月3日 クラウディオ・アバド ヨーロッパ室内管弦楽団 Claudio abbado, the chamber Orchestra of Europe
この奏者のCDはかねてから興味があったが、過去の発売ということもあり、入手が難しかった。このたび、No.96と協奏交響曲の入ったCDを入手。収録順にNo.96から聴取する下記の2つのブログにレビューがあり好演の記述がある。


https://haydnrecarchive.blog.fc2.com/blog-entry-21.html


http://micha072.blog.fc2.com/blog-entry-2279.html

 ハイドンの交響曲の中で、第1、第2主題の共通した動機からの単一主題に至ること。序奏と主要部の関連性などが、多くの書籍で記述がある。序奏のある交響曲は、中期以降が多いが。序奏と主部の動機の共通した動機の引用はNo.90、No.98などはその典型であるが。それ以外にもこの交響曲にも当てはまる。
 池辺晋一郎 氏 著 「ハイドンの音符たち」にもこの記述がある。音符としての象徴の視点から分析し、私の苦手な和音などが多く登場して、理解が難しい部分も多い。この序奏と第1主題に関しては理解がしやすい。第1主題は、通常は紙面の関係もあっ譜例は1段のみが多い。しかしこのNo.96の第1楽章の第1主題に関しては、主旋律と対旋律がセットになっていることもあり2段で掲載されている。序奏のT5の下降する動機とT18からの第2vn.の下降する動機の共通性の指摘がある。
 単に聞き流す程度ならスコアを見る頻度も少ないので、細かい旋律や音色などについては、目立つことは余りないかもしれない。T18からの第1主題の動機はスラーを一部伴う短い動機を含むが、刻む様な旋律が目立つ。主題の確保や推移の部分もt47までは、殆どスラーを伴う旋律が少ないので、やや角ばっているような印象が続く。しかしT49で管楽器のみがユニゾンで柔らかく呼用する部分。管楽器のみでしかもスラーの旋律なので、雰囲気がわずかだが変わる短い箇所。旋律の切り替える部分がこの演奏でもよくわかる。


 この楽章は、対旋律をともなう第1主題。展開部の後半の疑似再現。提示部で第2主題と思うT61の持続的で短いながらも目立つ旋律。再現部ではこの箇所がカットされ、調性を替えて登場するなど様々な仕掛けがあると思う。この様な仕掛けを楽しむには、提示部の繰り返しの採用や、各パートの掛け合いを楽しむため音像の定位感とtuittiでの溶け合いとの対比。録音を含めて様々な要素が必要になると思う。先日、聴取したフルトヴェングラー の場合は、古い録音のためモノラル録音による影響などもあり、分かり難かった。それに対してこの演奏はモダン楽器であるが、残響も適度でやや多い奏者ながらも各パートの掛け合いなどがよくわかる。


 アーノンクールは、この第1楽章を中心に、動機の解釈について、かなり細かく変えている。(下記の自分のブログからの引用)

http://mistee01.blog118.fc2.com/blog-entry-840.html

 このCDではそれほど変化は少ない。ライナーノートの表紙による写真では弦の奏者が下記の通り。ライナーノートの記述でも12か国から集まった45名の若い奏者となっている。写真が切れているので、第1vn.は8名しか映っていないが10名の可能性もある。

8(10?):8:6:4:3=29(31?)

ハイドンの交響曲を聴き始めた当初は、この交響曲を聴くのは、やや苦手としていた。No.93にも少し共通するかもしれないが、序奏の後に提示される第1主題が、やや平凡な雰囲気から開始され、全曲を通して、「軽い あるいは 洒落た」雰囲気が前面に出ているのがなじめなかった。しかしスコアを見ながら様々な奏者やその他の交響曲を聴き始めると、耳から入ってくる自分の演奏の好みが変わるあるいは、解釈が広がるためか、好きな曲になってきた。モダン楽器で奏者はやや多いかもしれないが、残響の多い録音の特徴を生かしていると思う。T ファイのような モダン楽器でありながらもドライあるいはブルー系がベースの音色で、奏者の一人一人が分かるような鮮明な録音とは異なる。録音と指揮者あるいは奏者の解釈は、色々あり自分の好みとの塩梅も意識をするように感じている。

 2019年1月19日 96番カール ミュンヒンガー Karl Münchinger ウイーンフィル を聴取。 The best Classic シリーズ ハイドンからの分売のようだ。この曲以外にピエール・モントゥー  No.94 ウイーンフィル  B ワルター  コロンビア交響楽団 No.100が収録されている。2番目の曲。既にNo.94ピエール・モントゥーは聴取済み。
 同じウイーンフィルということもや録音時期が殆ど同じこともあり、No.94のP ピエール・モントゥーと比較しがち。こちらのCDには詳しい録音のデータの記載なし。モントゥーの録音は、比較的明瞭でダイナミックレンジが割合に広く、左右の広がりと奥行き感があった。
 しかしこちらの方は、左右と奥行き感が不足気味。テンポは概して遅め。特にMenuetは、かなり遅く、もしK ベームが演奏したら、同じ位のスピードだと思う。
 序奏の冒頭からtimp.が入る。ランドン版ではないかもしれない。Menuetの主部やtrioを中心に打楽器群が適宜入っている。口繰り返しの箇所が少なく、あっという間に終わってしまう。Finaleになると多少、速めスピードになるが、繰り返しがない分(僅か3:02)細かく聴くにも印象が少ない。
 2023年11月23日 96番 A フィッシャー デンマーク室内管弦楽団 を聴取。

この第1楽章は様々な主題や動機が登場し、得てして収拾がつき難い可能性もある。(No.82にも類似) 音楽の友社 名曲解説全集でも、第1楽章の主題に関して、細かい動機の種類まで記述がしてある。T19の第1vn.の16分音符は、一瞬だがその後、重要な動機の一つとして活躍する。T21で第2vn.とva.でも推移的に再登場する。大半の演奏は、T21の箇所の動機が目立たない。しかしフィッシャーの場合は、対向配置とともに、目立たせることが特徴的。

第1集のCDでは第3楽章  Menuetto の テンポは、全て、速めのテンポだった。しかしNo.96に関しては、テンポを落としている。全集のテンポの演奏は、どうだったのか記憶はない。しかし新録音に関してテンポを落としているのは、 Menuetto の主題あるいは曲想そのものが柔らかいタイプのためだったのか、trioも同様にテンポはゆっくり目。
 T30のvc.とbass.の分離箇所も、よくわかる。 下記のブログに譜例あり。(類似箇所にNo.100もある)

http://mistee01.blog118.fc2.com/blog-entry-840.html