音楽聴取記録(交響曲の聴取 各曲の聴取記録 通しNo.91 hob-No.89   
2024年7月7日 更新

No 
Hob.
No.
 
通称名   作曲年 調性   楽

 fl  fg trp  cl  timp   cmb ランク    聴きどころ、ポイント
91 89 1788 F 4 -  -  - - (1) C 管の扱いがさらに増し細かい聴き所は多いが、如何せん主題が平凡。
       1 F Vivace
       2 C Andante con moto
       3 F Menuet & trio Allegretto
4 F Finale、Alleglo assqi
序奏がなく、いきなりVivaceの表示にあるような明るい主題で開始。主題そのものが、親しみはあるが単純明快過ぎで迫力に欠ける。(出だしが日本の良く聴く童謡の主題に類似) 提示部は第1主題の属調 による再現はないものの、かなり長い経過部がある。展開部は、両主題がめまぐるしく転調し長くて変化に富む。変化に富んだ再現部も注目に値する。第2、4楽章は、リラ協奏曲からの転用。親しみのある主題。第1楽章以上に管の扱いが大きくなっている。
 Menuetでは、フィッシャー盤では例によって、trioは弦と管のsoloがある。Finaleは単一主題によるロンド形式の一種。明るくて流れる様に安心して聴ける。フィッシャー盤では第1vn.で、一部のパッセージで、ポルタテイメント風に、軽やかに引いている。またcodaに近い部分で、vn.のsoko即興があるので心地よい。ユーモアと流れる雰囲気を堪能できる。全曲を通して一番の出来だと思う。全体的に モーツアルト風に管楽器の扱いがsoloこそは余りないものの、弦と対等に「からむ」箇所が多い。ひとつ前のNo. 88とは、大きな発展だと思う。しかし如何せん主題そのものが、平凡さが表に出てしまい、評価を下げてしまうと思った。しかし何回か聴き直してみると、意外な発見がある曲のひとつ。
 ドラティ盤は、No. 88と同様に、管の音が思ったよりはっきりと録音されている。第4楽章の終わりの部分では、vn soloによる即興はなし。
 No. 88と同様に、ベーム指揮、ウイーンフィル(LP)を聴いた記憶がある。細かいところまでは覚えていないが、かなりゆったりとしたテンポで朗々とした雰囲気だったと思う。フィッシャー、ドラティ、ベーム盤の3つの中では、やはりフィッシャーを取りたい。

(2020年1月13日追記 タグとして2010年2月21 日とする)

(2020年1月13日追記 タグとして2010年2月21日
2010年5月1日 NHK FM放送の番組「吉田秀和 ハイドンその生涯と音楽 31回」 を聴取。ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラの演奏を聴取。使用する楽器が少ないためか、古楽器によるものを採用。第3楽章Menuetのテンポの早さには、びっくりする。スケルツオ風の雰囲気。それに対してtrio.のゆったりとしたテンポは対照的。
 Finaleは管がかなり活躍するが、編成が小さいこともあり、細かい音が聴き取りやすい。2週間前に聞いたNo.84(通しNo. 86) Es調と比較して、明るいC調というので、聴きやすい。しかし全般的には、フィッシャー盤を取りたい。
2014年11月1日 ヴァイル盤を聴取。第1楽章は、序奏がなく、いきなり、日本の民謡 証城寺 -証城寺(しょうじょうじ)の狸囃子(たぬきばやし):野口雨情作詞・中山晋平 の出だしがそっくり。もちろん、こちらの方はハイドンよりも後の作曲。 当初は、この旋律が、耳に残ってしまい、交響曲の1曲として楽しめないイメージであった。最近は自分なりに脱却したかもしれない。
 このヴァイル盤は、2つの ヴァイオリンが、対向配置になっている、第1楽章では、これを存分に活かしている。出だしこそ、第1ヴァイオリンが主体で動いているが。T20から3つのヴァイオリンパートが掛け合い、T26まで経過部が続く。この経過部分は、展開部でもT76から調を変えて登場する。再現部でもT122で、提示部と再現部とは調を変えて、再度登場し、大きな役割を果たす。ヴァイル盤は対向配置のため、第2ヴァイオリンのパートが明瞭に聞き取れ、意外な発見がある。 第2楽章以降は、それほど、の効果はないと思うが。Finaleも、第1楽章ほどではないが対向配置のメリットを活かしている。
 また両端楽章を中心に、弦と管とのバランスの微妙は響きが特徴。交響曲の生涯でも少し記述があったが、提示部と展開部での旋律を管楽器がソロあるいは、弦とのユニゾンで使い分けているのも目立つ。このヴァイル盤でも、楽器のバランスが旨く取れていると思う。ランクはCではあるがヴァイル盤で見直した機会。
2016年5月4日 S.ラトルベルリンフィル No.89を聴取。No.88から引き続いて聴取すると、解釈の共通点や違いが良く分かる。楽器編成は、No.89はtimp。が入っていない。No.88の第1楽章と同じ様にtimp。が入らないので第1楽章は調性こそ違うが少し似ている雰囲気。
  しかし、弦楽器の細かいパートの動きは、No.89の方がより一層、引き立つ。強弱の微妙な表現は、No.89の方が大きい。またvn.の2つのパートの独自の動きが多く、掛け合いが聴き所。(たとえば 第1楽章 T88-91)繰り返しでは、各楽器が、装飾を適宜演奏。特に第2楽章は、繰り返し個所が多いが装飾があるため、飽きさせない。今までこの曲に関しては、ランクを低くしていたが、ラトルの演奏で評価は上げたくなる。
2016年7月22日 ブリュッヘンOrchestra of The Age of Enlightenment  No89を聴取。(従来までは、視聴の文言を使用していた。しかしCDを見るのではなく聴く観点から、聴取に変更する。以下、過去の視聴の文字についても、聴取に変換する。)
録音会場は、パリセットでも使用された1997年2月Vredenbrug,Utrecht,Netherland。 第3楽章のMenuetは、ノリントンと同じぐらい速いテンポ。それに対してTrioは、かなりゆっくめで対照的。
 Finaleが一番面白い部分の曲だが、T16のstrascinandoの部分。ブリュッヘンでは、それほど、足を引きずる様にの指定で演奏はしていない。しかし直前に、テンポを少し落として微妙なニュアンスをつけている。
この部分のついては、ブリュッヘンは書いていないが、フィッシャー、ベーム、ラトル、デイビスなどのこの奏法についての記述がある。

http://zauberfloete.at.webry.info/201502/article_4.html

中間部T92からの短調の部分は、第2vn.のパートが掛け合うように、緊張感を旨く出している。


2017年4月8日T.ファイ No.89を聴取。第1楽章の冒頭の第1主題。No.40の第1主題と同じ様に2つのvn.パートは重音で引いている。No.40と同様に、ファイの演奏は、重音を十分に聴かせ、高い音ばかりが目立たないのが特徴の一つ。No.40と違ってこちらは冒頭の主題は余り登場せず。
No.41,44,47のシリーズでは、繰り返しの後半では、装飾が殆どなかったが、こちらでは復活。MenuetのTrioの終わる直前の部分。過去にも類似の例があったが、vn.が回帰するMenuetに向けて「つなぎ」の旋律を演奏する。
Finaleの繰り返しの装飾は第1-3楽章と同様。後半は繰り返しがない。しかしT170のフェルマータの部分。vn.のかなり長いsoloがある。その後、さらにテンポを加速してエネルギッシュに終わる。各楽章を通して聴くと、聴き応えがある演奏。
2018年9月27日 ベーラ・ドラホシュ  ニコラウス・エステルハージ・シンフォニア No.89を聴取。No.69と異なり管楽器を含む各パートのsoloの箇所が多い。この後に続く休止が少なく流れるような雰囲気とはNo.91とは異なり休止の箇所が多い。休止と休止でない部分の対比を楽しむのが、特に第1楽章が特徴のひとつ。
 ドラホシュのテンポは中庸。各パートで管楽器との掛け合いは自然。vn.は対向配置でないので、vn.同士の掛け合いが多い箇所があるが、対比が聴こえないのが残念。T16のstrascinandoの部分の箇所の部分。ここではブリュッヘンなどと同様に通常通りに引いている。
 2019年5月13日 エルンスト・メルツェンドルファー ウィーン室内管弦楽団 89番を聴取。No.88から引き続いて聴取する。録音の中で、hr.が極端に多く入っている。特に第1楽章は、木管楽器のfl.ob.fg.以上に入っている。今まで聴き通してきた中で、ここまでhr.は大きく入っていなかった。初期からの中期で見られたob.と同じ様に極端に強調された箇所が目立つ。
 第2楽章以降は、一点してhr.の出番は控えている。FinaleのT16のStrasciandoの奏法も目立たない。No.88と同様に、弦楽器の対位法的な箇所が、パリセット以上に多いと思う。対向配置でないのも残念。弦楽器の各パートの分離も不十分で、Finaleの終わりに近づくに連れて歪も目立つ。録音の点でも不満足で印象が少ない。
2023年8月16日 88番 K ベーム ウィーンフィル を聴取。このCDのライナーノートの曲目の解説者は 故 門馬直美氏となっている。3曲がセットになっている。2曲めがNo.89となっている。この後のNo.90がある。No.89はNo.88とNo.90の間に挟まれている。この録音の頃は、ハイドンの交響曲の収録の数は限られているようで、No.88は当時から、かなりの数の録音があった。しかしその次のNo.89となると、かなり少なかったようだ。No.88とNo.89などはセットで作曲、出版されていたようだ。ライナーノートでは、めったに録音されないNo.89の曲の紹介が、かなり詳しく書かれている。 No.88と比較してNo.89は丁寧に作曲していく時間のゆとりがなかった理由と、知名度の低い理由として以下の点が記載されている。

・第2楽章と第4楽章は前年の1786年ナポリ王のために作曲したリラ協奏曲の転用
・第1,3楽章が、ハイドンの他の交響曲と比べて、かなり「おざなり」に作曲されている。
・楽器編成も打楽器群がない。

 この内、上記3点目の打楽器群がないことは、単純に適応できないとは思わない。少し前のパリセットでも、6曲の内、4曲は打楽器がない。またあとの交響曲 No.91も打楽器群がない。
 他の作品からの転用では、ザロモンセットのNo.100の第2楽章でも類似した例がある。しかしながら、No.88と比較しても、「おざなり」に作曲されたことは、解説書の通りにうなずける。No.88は最新名曲解説全集でも、第1楽章の展開部は、長くて、かなり充実している記載がある。No.88の第1主題は、短い動機から構成され、第2主題の存在が薄い。しかしその分、一つの楽章で様々な動機を元に、細かく転調をしながら展開していく手法は、後のベートーヴェンが用いた手法を先駆していると感じる。(この楽章は、旋律的で感情を表現するような箇所がない。)

 
20世紀BOX K ベーム BOX にも、短い記述であるが、曲の解説がある。

http://mahdes.cafe.coocan.jp/myckb2b.htm

上記のブログには、曲についての解説の記載がない。No.88と比較してNo.89の第1楽章の展開部一つをとっても短く、変化に乏しい。vc.とbass.の分離は、中期から後期にかけてハイドンの得意とする手法である。しかしこの楽章では、分離もない。他の楽章も分離の箇所が少ない。
 日本人なら、どうしても「狸囃子」の旋律を最初に思い出してしまう出だし。初めて聞く人は、ついつい「狸囃子」が先行してしまうが。それを差し引いても、録音数が少ないのは、どうしても致し方がないと感じる。No.89は、No.63のように、転用しての失敗作となっているようだ。

 曲自体がどうしても、ランクが落ちるためか、聴き所が余りない。Finaleの Strascinando の指示の部分。ベームの演奏では、この指示を全て無視し、通常の奏法になっている。多くの指揮者がこのStrascinando をどのように演奏するかも興味の一つだが。通常の奏法なので残念。

2024年6月9日 89番 ウルフ・ビョルリン カペラ・コロニエンシスを聴取。No.87は、モノラル録音だったがこちらは通常に戻っている。No.50と比較して、レンジがさらに広く、奥行き感がある。対向配置を生かした録音の良さがさらに鮮明に聞き取れる。No.50は録音のためか、古楽器であることが分かり難い。曲自体に菅楽器のsoloパートが多いこともあり古楽器であることがよくわかる。
 No.89の第2、第4楽章は既存のリラ協奏曲からの編曲になる。同じ時期の頃にNo.88が作曲されているがこちらは、vc.のsoloが入るなど、短い小節数ながら丁寧に作曲されていると思う。それに対して、こちらの方は、既存の曲からの編曲のためか丁寧さよりもピチカートを含めた音色の変化が特徴であると思う。No.50の疾風怒涛期の頃と比較して弱音器の使用はない分、楽器を変えての音色や調性の変化にシフトしている。T66からの伴奏側に回る2つのvn.対向配置を生かして、低弦を含む第2vn.のピチカートの音が印象的。Finaleの sturasciando の指定が随所にある。この演奏ではそれほど目立たないが違和感はない。ハイドン音盤倉庫には躍動感があるスロットルを生かした好演の記載がある。これには賛同できる。ただし3曲を通して聴くと、どうしても録音による差がゆがめない。

(2024年7月7日追記 タグとして2024年7月7日 3  とする)