音楽聴取記録(交響曲の聴取 各曲の聴取記録 通しNo.78 hob-No.76 
2024年10月26日 更新

No 
Hob.
No.
 
通称名   作曲年 調性   楽

 fl  fg trp  cl  timp   cmb ランク    聴きどころ、ポイント
78 76 1780 Es 4 -  -  - - (1) C 第2楽章で2つの主題を均等に扱ったての展開と盛り上がり。
       1 Es Alleglo
       2 B Adagio、ma non troppo
       3 Es Menuet&trio、allegretto
4 Es Finale、Alleglo ma non tropo
序奏がなく第1主題がゴツゴツした感じで登場。その後も様々な主題が登場し、テンコモリの様な感じ。経過部を挟み第2主題が登場し、提示部を締めくくる。かなり長い展開部の後、再現部でも、第1主題がかなり変形されて登場する。
 第2楽章は、2つの主題による変奏曲でロンド風でもある。2つの主題は、旋律と調性も全く異なり、規模が大きくなっている。特に2つめの主題は、ダイナミックに扱われいて起伏が激しい。シューベルトの交響曲の展開部を思わせる。フィッシャー盤では、第1主題の変奏で随所にsolo楽器が登場しvn.のカデンツアを含めた、この対比が美しい。楽器編成は全て、trp.とtimp,は含まない。しかし第2楽章のダイナミックな部分を含めて、trp.とtimp.があったらより迫力がある印象だと思った。
 第4楽章は中規模のソナタ形式、フィッシャーでは、管の音色を軽快に演奏するように心がけているのか、常に明るい雰囲気に終始する。聴き通してもて、第2楽章の盛り上がりが一番印象に残った。
 ドラティ盤は、soloの部分が少ない。Finaleのテンポはma non tropo の指示を守っていて、フィッシャーよりもかなり遅めになっている。第2楽章のダイナミックさの対比などは、フィッシャーの方を推薦したい。

(2010年1月4日追記 タグとして2010年2月8日とする)
 2014年1月1日 デイビス盤を聴取。今まで、この辺りの交響曲は、詳しくはチェックしていなかったが、これから後に続く3曲は、イギリス向けに作曲されたセットのもの。
 第1楽章は、各主題がテンコモリの様な感じと記載をした。スコアをチェックしてみたら、最初に第1主題が登場した後、第2主題が主調で、一度登場。その後、第1主題が続き、再度、第2主題が属調で、通常通りの登場、その後、普通に提示部を終了する形式。第1楽章だけでもかなり調と起伏に富んでいる構成なので、テンコモリの印象をもったのかもしれない。調性や構造など、独特な構造について「交響曲の生涯」でも記述があっても不思議ではないが。残念ながらない。デイビス盤では、fg.の音など各パートがよく聴き取れる。
 全体的に、同じ調性のこの後に続く No.91の様に、やや技巧に凝った雰囲気が見られる。全体的にテンポが遅めな分、Finaleの流れるような流れる雰囲気を含めてフィッシャー盤を推薦。
 2019年4月30日 エルンスト・メルツェンドルファー ウィーン室内管弦楽団 76番を聴取。No.76-78はセットで作曲されている。調性こそ違うが序奏のない第1楽章の冒頭の主題は、No.64にも雰囲気が似ていると思う。No.64は疾風怒濤期の頃なので、soloの箇所は余りなくfl.は入らないことが多い。冒頭から16分音符の、少しざわつつく様な独特のリズムと強弱の対比、第1楽章の中で覆うの動機が登場するなどは、それぞれ類似しているかもしれない。しかしNo.76の方は、fl.が入り、fg.を含むやや明るい音色、余り極端でない転調などもあり、作曲年代の差を感じさせる。
 No.73.74と違って、No.76の方は、それでもsoloの箇所が少ない。このため視覚効果の高い曲ではなく、オーソドックスな雰囲気で録音による影響は少ないほうのひとつと思う。
 メルツェンドルファーの演奏では、この曲に関しては、録音も比較的良好で、不自然さは余りない。緩叙楽章は概して少し遅めのテンポだが、この曲でも同様。弦楽器のみで提示される第1主題。弦の各パートの動きがポイントの一つになる。T5で第1主題の確保に入るが、bass.を含む弦の各パートが明白。レンジは広くない録音ではあるが、低弦の厚みが十分。T9でvc.とbass.の分離がある。ここでも第1vn.の謡うような旋律とvc.を含む他のパートの対比も良好。この部分を含む柔らかい表現が続き、T81の中間部の短調も持ち上がりとも旨く対比。第3楽章 Menuet やTrio のやや遅いテンポも効果的。全曲を通してメルツェンドルファーの演奏は、柔らかい表現を前面に押し出しながらも、流れるような「洒落た気軽」な雰囲気。録音も比較的良好で、この曲の特徴を旨く出していると思った。
 2019年8月10日 76番 ヘルムート ミュラー=ブリュール ケルン室内管弦楽団 を聴取。No.76-68はセットで作曲され、ロンドンに持っていく候補に挙がっていたとされている。当時は複数の交響曲がセットで販売されていたらしい。NAXOS盤は全集とは言え、複数の指揮者と楽団からのもの。No.76はブリュールだが、No.77、78は ニコラウス ウオード盤になっている。セットの3曲が同じ演奏家でないところは、苦しいところ。
 この第1楽章の冒頭は、ハイドンにしては、わかり難い雰囲気。すなわち短い動機が、強弱を伴って集中し、どこが主題なのか不明瞭。最近読んだ「池辺著 ハイドンの音符たち」でこの点について、「旋律形より その強弱のリアクションの構図」との記述があった。ハイドンの交響曲の良し悪しは、冒頭の動機に支配されると自分は思っている。No.29、67、88の様に、とても短い動機でありながらも、一度聞いただけで直ぐに記憶に残るものとは対照的。(とても短い動機だけが一番だとは思わないが)しかし、この記述で考えると、この冒頭の主題も、長さ、音程、強弱の違いの対比を散りばめたことを前面に出していると解釈をすれば、ある意味、納得がいくと思った。
 なお、この本には既にT7から第2主題の動機が第2vn.から出現し、第1、2主題は、共通した単一動機にも記載がある。しかしT7では余り目立たないので、2つの主題が共通していることは、余程、注意深く聴かないとわからない。(もっともザロモンセットのように、後期の曲になると一度聴いただけで、単一主題な点はわかりやすいかもしれないが)
 ブリュール自体の特徴は、この曲も余り目立たず。第3楽章のMenuet では概して、遅めのテンポは共通。緩叙楽章でもテンポは少し、ゆっくり目。強弱の対比も余りなし。第2楽章でT82からの中間部でTuittiの短調の盛り上がる部分がある。指揮者によっては、この箇所を強調し、スタッカートも生かして、冒頭の音色と対比させるところ。ブリュールの場合は余り目立たず。
 2023年8月30日 鈴木秀美 OLCを聴取。No.76は第1曲目。2曲目はモーツァルトのfl.協奏曲第1番、No.35のハフナー交響曲が収録されている。1曲目にハイドンがあり、それ以降は、モーツァルト。アンコールもモーツァルトのk408の行進曲。ライナーノートにも記載があるが、2日前のコンサートとセットでの組みあわせ。モーツァルトの250回目の誕生日に合わして後半にあたる。ライヴ録音なのでプログラムの構成からして、メインがモーツァルトのような構成。
 第1曲目のNo.76は、最初に登場。調性の明るい後半の2曲に向けて、No.76は前半で対比をさせているような位置づけと思う。元々、No.76に関しては、冒頭から様々な動機が登場し、てんこ盛りのような雰囲気。各楽章ともに、やや冗長の部分が多く、収集がつき難い印象を持っている。例えば、第1楽章ひとつをとっても提示部が長い割には、転調が多く、統一感が余りない雰囲気。No.53の第1楽章のように、展開部の思い切った短縮などもない。 このような曲の構成もあるので、CD自体の印象は少ない。弦の人数は下記の通り。
 5:4:3:3:3
低弦の奏者の数が多い。No.76はESーdur ということもあって、低弦の音量が比較的大きい雰囲気。後半の明るい2曲とは対照的。
 ライナーノートの当日の写真でも、ステージの左側の奥に、モーツァルトの肖像画が飾ってある。この写真ひとつをとっても、メインはモーツァルトのような企画が見とれる。3曲目は打楽器群が入る。写真は、ホールの高い位置から、俯瞰するように舞台全体を取っている。2曲目の協奏曲が終わった後に、打楽器群が登場するのか? 1曲目と2曲目の低弦の奏者を増やしたのかどうはか不明だが。第3曲の写真が興味深い。高い位置から撮影しているので、各奏者の配置がよくわかる。下記のような管楽器の配列。

    cl. fg. Trp. 
 Hr. fl. Ob.      Timp.
    
fg.が中央よりでhr.はかなり左側。奥側の管楽器の6名も、一つ前の管楽器の配置が邪魔をしないように、少し間隔をあけている。もちろん、奥側の奏者もひな壇の上にあるが、指揮者の動きがよくわかるポジションが写真でも分かりやすい。得てして指揮者を中心の写真が多い中、俯瞰する位置でステージ全体の配置が分かるのはありがたい。また、補助的にステージの床から各パートのマイクスタンドの配置もよくわかる。

 2023年10月31日 76番 R グッドマン ハノーヴァバンド Roy Goodman The Hanover band を聴取。このCDはNo.76~78の3曲が収録されている。作曲順番で聞いていくと、これらの3曲はイギリス向けに3曲がセットになっている。このCDも同様。
 前回のレビューは疾風怒涛期のNo.45~47だったので、作曲年代は、さらに後になる。元々、これらの3曲は、やや大味な印象に終始することもあり、あまり評価を高くしない傾向であった。グッドマンでもやはり、結果的には同じように終始がち。
 スコアによる版の違いもあるかもしれないが。第1楽章 T56の部分。グッドマンの演奏は管楽器のob.以外にfg.が入っているようだ。

 2024年10月10日 76番 J クランプ Johanees klumpp Heidelberger Sinfoniker を聴取.
No 76~78の3曲はセットで出版され、ホーボーケン番号の順にも並んでいる。従来のホーボーケン番号順番で録音された一連の交響曲も、3曲セットで番号順に録音されていることが多い。第1楽章の冒頭の主題は、No.64の第1楽章の第1主題に類似していると、過去に記載した。(以下メルツェルドルファーのレビューに記載あり)

http://mistee01.blog118.fc2.com/blog-entry-2578.html


過去に聴いた一連の演奏は、この第1主題の動機のひとつ、vn.の16分音符の、やや「ごつごつ」した雰囲気による。No.76とNo.64を比較すると16分音符と8分音符の違いは、あるが、確かに似ている雰囲気があるかも。 
 しかし第1,2vn.の16分音符の動機が目立っている場合での話になる。クランプの場合は、vn.が低音域であることもあり、この動機が目立たない。単にE-DURの主和音が続くような感じなので、むしろNo.55の冒頭にも似ている雰囲気。冒頭の16分音符の動機は、思ったより目立たない。また提示部と再現部の最初にこの動機は登場するが、それ以外については、別な動機が様々に登場する。この当たりはNo.64の第1楽章にも類似しているかも。池辺聴取「ハイドンの音符たち」でもこの第1楽章は「旋律系より その強弱のリアクションの構図」と記載があった。No.82の第1楽章も様々な動機が登場するので、この点とも興津うするか?

第2楽章 Adagioは「ハイドン106の交響曲を聴く」では、オペラのアリア思わせる美しい旋律で始まり。これと共に、16分音符の動機がかつやくする。それは6連音符。32分音符と次第に」細かくなりスタッカートのfでし、絵くくると記載がある。中間部の短調を挟む部分はあるものの第1vn.が殆ど主体で動く。管楽器のsoloの箇所も余りなく、ある意味、コンパクトに作られている雰囲気。
 この曲だけとは限らないが、緩徐楽章の楽器の使い方には、いつもスコアを見て頷くことが多い。疾風怒涛期の緩徐楽章は管楽器が途中から登場する。(No.64など) 必要に応じてvn.は弱音器を使用。弦楽器のみから始まり、途中で管楽器が加わる音量や音色の変化を楽しめる。No.76の中間部で短調の強奏の部分がある。疾風怒涛期の頃は、fl.は殆ど緩徐楽章で登場しないケースが多い。しかしNo.76は、時代が下がることもありfl.が入ってくる。しかしT102までは登場しない。中間部の強奏の短調の部分はfl.が入らないのが効果的。fl.はさらにT104でvn.とのユニゾンになることで柔らかい雰囲気で終わるのに花を添えている。
 この短調の中間部は強弱の対比は効果的なのは、一連のレビューでも同じ。 ブリュールのレビューに譜例あり。

http://mistee01.blog118.fc2.com/blog-entry-2579.html

T61の箇所で第2vn.が4分音符で弾く箇所がある。対向配置を生かしたクランプの演奏も分と違ってよくわかる。
 Finaleは第1楽章と違って主題の数は少ない、井上著でも「前打音のついた特色のある第1主題は、菅楽器が奏する第2主題にも影響している」と記載がある。第1、2主題に共通した動機が使用されているのである意味、統一感があるかもしれないので、構造が分かりやすいかもしれない。冒頭ら第1主題は4分音符の対旋律の伴奏が終始伴うと最初は感じる。しかし時には、この対旋律が切れるときがあり、持続音などを伴うところもある。聞き流すFinaleのひとつかもしれないが一筋縄で行かない箇所もあり。ハイドン自身は「美しく、優雅で決して長すぎない曲」がこの3曲の一つとコメントをしていた。No.71、の74ほどのオーケストレーションの緻密さは少なくなるかもしれない。しかしよくよく見ると興味深い作品のひとつ。