音楽聴取記録(交響曲の聴取 各曲の聴取記録 通しNo.73 hob-No.70   
2024年6月11日 更新

No 
Hob.
No.
 
通称名   作曲年 調性   楽

 fl  fg trp  cl  timp   cmb ランク    聴きどころ、ポイント
73 70 1779 D 4 -  -  - - (1) B Finaleの3つの主題によるフーガ。対旋律が全体を支配。
       1 D vivace con brio
       2 Specie dun canone in contrrapunto doppio、Andante
       3 D Menuet&trio、allegretto
4 D Finale、Alleglo con brio
第1楽章vivaceは中規模のソナタ形式。比較的単純な主題。規模は普通だが、さらりと書き上げたような雰囲気で特徴が余りない。Andanteは2つの主題による変奏曲。各所にsoloが入りながらも、旋律が豊かで対旋律が美しい。trioは、ob.と各弦のsolo。Menuetにcodaがあるのも珍しい。全体を通して聴くと、第2楽章で変奏を重ねながらも、対位法を重視した旋律の流れが印象に残る。
 Finaleは前奏の後、3つの主題によるフーガ。ロンド形式でなく、演奏時間はフィッシャー盤で僅か3:01. 対位法の使い方はフーガ形式とも相まって、この楽章で頂点となる。曲の終わりは、あっさりと終わってしまうが、途中の盛り上がりは聴き所。終わり方は異なるが、最初期のNo3の終楽章の雰囲気に近い。ここではさらに主題を増やし、より一層ダイナミックに仕上げた感じ。フーガ形式に加えて、ンド形式で、さらに演奏時間を増やしたら、もっと聴き応えがあると思う。その点は少し残念である。もしロンド形式だったら、 モーツァルトのNo.41の様な、ダイナミックなものになった可能性を秘めている。全体の楽章の中で、終楽章が突出しているので、全体的には、ランクはやや落ちる。聴衆受けを狙った雰囲気の曲とは、ほど遠く実験的要素がある「通好み」と思った。
 ドラティ盤は、Andanteでは、テンポを忠実に守っている。フィッシャーよりも各パートの音が細かく聴こえにくい。その分フィッシャーを勧める。

(2010年1月3日追記 タグとして2010年2月3日とする)
2016年2月28日 ホグウッドNo.70をNo.67から引き続いて聴取。No.68と比較して打楽器群が入り、ホグウッドでも編成が大きいようだ。FinaleでTuttiでpとfが対比されながフーガが展開していく。ホグウッドの編成は、他の指揮者よりもやや少ない分、迫力差が少し欠ける雰囲気。
2017年6月4日 ラトル  City of Birmingham Symphony Orchestra  No.70 を聴取。No.60から引き続いて聴取する。ラトルの演奏で編成は打楽器群が入る。終楽章のAlleglo con brioでd-molから 交響曲に向かう直前の部分。Pで消えるように終わるがダイナミックレンジが広く、その後に続く冒頭の主題がD-DURでfで登場する部分と対比が印象的。しかし、No.60と同様、印象は少ない。


2017年10月15日 T ファイ No.70を聴取。このCDは、この曲以外に71と75も収録されているが、作曲順番から最初にNo.70を聴取。下記のブログにもレビューが記載されている。

http://micha072.blog.fc2.com/blog-entry-1442.html

井上著に「第1楽章は、比較的長く、短く区切られて「ゴツゴツ」した印象でハイドンらしくない」と記述がある。私も同感で、特にこの第1楽章は、ハイドンとしては丁寧に書かれていない方だと思った。第1楽章は、もともと、「ゴツゴツ」した印象が最初にあるため、今ひとつ、ファイの演奏でも特徴は余り見出せない。
 第2楽章で2つの主題による変奏曲では、スコア通り繰り返しを採用。過去の解釈と同じ様に、繰り返しの後半では音量を少し落として微妙なニュアンスを加えている。
 一番の聴き所のfinale。「ゴツゴツ」した雰囲気は第1楽章に類似しているが、テンポや転調は複雑なので、こちらの方が曲としても聴き応えがある。ファイの演奏では、テンポを落とすところは十分に配慮をしている。Codaに近いD-durから転調して終結に向かう部分。第1vn.が高音部で4分音符を連続していきながら、他のパートは休む箇所。何回かこのパターンが繰り返していく中でテンポを次第に落としていく手法は、他の指揮者も同様だとは思うが、ファイではいっそう目立っている。このFinaleは最初期の交響曲No.3のフーガ形式も少し共通点があるかもしれない。打楽器群が入ることや、転調、強弱の対比などは、さすがにこちらの方に軍配が上がる。しかし全体的に聴きとおしてみて、ファイらしい特徴は余り見出せない方だと思った。
2018年6月15日 70番 ロイ・グッドマン ハノーヴァー・バンド を聴取。No.72では、4人nohr.奏者は左右に分かれていたが、こちらは2名のため左側に位置。第1楽章はゴツゴツした主題もあり、聴き所としては余り期待できないと過去のログにも記載したが、この演奏でも同様。第2楽章は他の楽章よりもかなり長いか繰り返しを充実に採用。cmb.は常に入っているが、D デイビス盤と同様に、旋律によっては繰り返しの装飾などが入るが違和感なし。
 一番の聴き所のFinale Allegro con brio では、各パートがフーガで展開していく。モダン楽器で編成はそれほど多くないと思うが。短い冒頭の動機で、1小節単位で構成される4分音符。この4分音符をスッタカート風に刻む箇所と刻まない箇所を丁寧分けている。また低弦でvc.とbassが分離するする部分など、分離感と定位感が良く分かり、迫力がある演奏だと思った。
2019年4月25日 エルンスト・メルツェンドルファー ウィーン室内管弦楽団 70番を聴取。No.69から引き続いて聴取。No.69にも記載をしたが、第1楽章の冒頭から、休符の多い細切れの主題。最初からインパクトが少ない曲のひとつ。最後のFinaleは異色。メルツェンドルファーの演奏でも僅か3:02で一機に終わってしまう。3重フーガでT120当たりはvc.とbass.が分離し、bass.の持続音が効果的。繰り返しがなく一気に終わってしまう。メルツェンドルファー自体での演奏は、No.70としては余り見出せない。録音は普通。

(下記のブログに譜面があり)

http://micha072.blog.fc2.com/?q=no.70
 2019年9月25日 70番  B ドラホシュ Nicolaus Esterhazy Sinfoniaを聴取。ハイドンには珍しく、冒頭の第1主題からゴツゴツした雰囲気。Finaleの3つの主題による2重フーガは、T25にスコアに記載がある。井上著では、 a3 soggetti contrapunto doppio とイタリア語?で記載されている。ドラホシュの演奏では、最初の主題の提示から、音量が少ない方のまま前半は終始。後半になると音量が上がる。しかしダイナミックレンジが広い楽章だが、レンジの広さが余り感じられない雰囲気。
 2020年1月30日 70番 ジョヴァンニ・アントニーニ イル・ジャルディーノ・アルモニコを聴取。第4集にあたる第2曲目で No.70を聴取。No.60 の全6楽章とユニークな構造とは、対照的に通常の4つの楽章。この曲は短いながらも最後のフーガ形のFinaleに向けて、集約されている感じ。ある第1楽章から、No.60と同様にオペラの劇音楽の様に「つぎはぎ」のように書かれている雰囲気もある。
序奏のない第1楽章の冒頭。ハイドンにしては珍しく一塊の動機がやや不明確で、しかも長さが長い。ゴツゴツした印象が大半と占めていることもあり、楽章全体に面白さがあまりない印象はこの演奏でも同様。
 Finaleのフーガはすべての楽器に主題が受けもち、聴き所が多い楽章。下記のブログにも、一部ではあるが譜面がある。

http://micha072.blog.fc2.com/?q=no.70

 この中で、特に弦楽器の中のva.のパートの音がアントニーニでは明瞭。2つのvn.のパートは対向配置で、前の方に、もちろん、明白に位置。しかし左側のva.も他の弦のパートと同様に明白に聞こえる。元々、va.は内声部の補強的な役割が多いかもしれない。音域もvc.と異なり。高音域まで上がることが少ない。モーツァルトの様に、va.のパートwを2声に分ける箇所もハ、ハイドンでは余りない。しかしこの楽章ではva.を含めて各パートがよく分かる。改めて、va.パートの内声部の厚みを認識した次第。
 

70番 ジョヴァンニ・アントニーニ イル・ジャルディーノ・アルモニコ 追記 yotubeより


2020年7月6日 70番 ジョヴァンニ・アントニーニ イル・ジャルディーノ・アルモニコ を聴取。下記のアドレス。

https://www.youtube.com/watch?v=QvrO6IBxuhQ

No.60から引き続く。No.60からこの奏者では打楽器群が入る。No.70も同様。No.60の時は余り気づかなかったが。Trp.2名は常に強弱にかかわらず、どの箇所でも、吹き口は常に下(床)に向けている。音量は常に抑えているようだ。
 この曲は、冒頭からハイドンらしくないゴツゴツした主題から始まるので、個人的には余り好きな方ではない。短いがフーガ形式のFinaleに向けて集約している雰囲気。 Finaleでは3つの主題のfugaが展開されていくが、分奏ではないもののva.が活躍。CDのライナーノートも3名だったが映像でも同様。va.の重音箇所は3名がどの様に振り分けていたのか気になるところだが、速いテンポのため映像でも分からない。
 Finaleの冒頭から4分音符が5回連続で続く。No.87の冒頭にも似ている雰囲気。この第1vn.の冒頭の動機は、「pp」になっているが映像では、右手で弓をかなり短いストロークあるいは、弦を当てるように動かしているのがよく分かる。
 Finaleは繰り返しの箇所がない。曲の最後は休止符がありフェルマータで終わっている。曲の終わり方に作曲者は指揮者の解釈に任していると思う。この演奏では演奏が終わった後、少し短い休止の後、アントニーニが奏者に向けて少し笑ったような表情となる。演奏の終わりの区切りをはっきりさせるためのパーフォーマンスか? ライブならでは、この当たりの醍醐味があると思った。(もっともこの表情はステージ側の客席からは見えないが)