音楽聴取記録(交響曲の聴取 各曲の聴取記録 通しNo.70 hob-No.68   
2024年2月29日 更新

No 
Hob.
No.
 
通称名   作曲年 調性   楽

 fl  fg trp  cl  timp   cmb ランク    聴きどころ、ポイント
70 68 1779 4 -  -  - - (1) D 音色の変化が中心だが、印象が散漫。
       1 Vivace
       2 Menuet
       3 Alleglo cantabile
4 Presto

1楽章のVivaceは大規模のソナタ形式。展開部は比較的短く、第2主題が余り扱われていない。しかしその反面、再現部で第2主題が再現、展開されている。Menuettrioでは各弦のsoloあり。テンポがかなり速く、演奏時間が比較的短い。
 第2楽章にMenuetを持ってきている分、第3楽章のAlleglo cantabileは、中規模のソナタ形式であるが、かなり長い。第4楽章のPrestoはロンド形式だが変奏曲も兼ねている。2本のfg.が随所あり、ユーモアのある雰囲気。全体を通して随所にsoloが聴かれる。音色の変化を中心とした印象ではある。しかし全体を聴き通してみても印象が少ない。
 ドラティ盤は、soloの扱いが少ない。

2012(平成24)1221日 デイビス盤を聴取。 今回は、スコアをみながら聴取。第2楽章は冗長なのは前記したとおり、デイビス盤は比較的繰り返しを守る。さすがこの楽章に関しては、スコアでは展開部と再現部の繰り返しの指定があるものの今回はパス。
 finaleは、fg.を中心のsoloの部分が多い。しかし残念ながら、このデイビス盤でもトータル的にはコメントが少ないのは前述の通り。

202011日追記 タグとして2011130日とする)

2016226日 ホグウッドNo.68No.66から引き続いて聴取。同じB調ではあるが。緩除楽章の位置が、3番目であり、しかも長い。繰り返しを最小するホグウッド版では、14:02もある。全体が他の3つの楽章は、約16分前後なので、半分近くがこの緩除楽章を占めることになる。楽器の扱いや旋律も単調で聴き通すのが少々辛い。ハイドンは、なぜこの様な楽章を書いたのか?他の3楽章も、No.66と比較して短い旋律を展開しながら、各楽器へ受け渡すなどの工夫が少ない。


2017
724日 N. アーノンクール  Royal Concertgebouw  Orchestra No.68を聴取。5枚組みのCDでロンドンセットが中心であるが、なぜか、No.68だけが「ぽつん」と別に収録されている。奏者はやや多いようだ。第2vn.は左側に位置。下記のブログにもレビューが記載されている。
http://micha072.blog.fc2.com/blog-entry-458.html

アーノンクールは初めて聴く。もともとこの曲は、どの指揮者でも全体で約28分前後。そのうち珍しく緩叙楽章が入っている第2楽章が入れ替わり第3楽章に位置している。緩叙楽章が約14分で、全体の半分近くを占める。繰り返しを全て行っていることもあり、過去の指揮者を聞いてきた中で、冗長すぎるこの楽章に不満を感じている。アーノンクールでも同じ雰囲気。


2018
1018日 68  ニコラス・マギーガン  フィルハーモニア・バロック管弦楽団 を聴取。No.67から通して聴くと、共通点が多い部分あり。第1楽章は、No.68と同様に、様々な動機が登場するが、音色の変化が大きく飽きることがない。T30からの第2主題は第1vn.が単独で登場する。前打音の装飾が少し強調され独特のリズム感。この演奏は、No.57 第1楽章の序奏の冒頭でもあった。古楽器に由来するかもしれないが、この切れ味が心地よい。
このリズム感は珍しく第2楽章に位置するMenuetの中間部分でもT2でも強調され、独特にリズム感を生んでいる。

 第3楽章の長いAdagioは全て繰り返しを採用し、1236。この曲全体の半分近くを占める。Finaleは長いAdagioの後で少し冗長さが解消されるが、それでもやや散漫な印象。No.57,67,68の3曲を聴き通してみて、No.67様な独特の奏法を含めた弦楽器に微妙なニュアンスをバランスよくまとめた部分が一番の印象。

 2019422日 エルンスト・メルツェンドルファー ウィーン室内管弦楽団 68を聴取。冒頭からダイナミックレンジが狭く、各パートの歪が出だしの第1楽章にしては目立つ方。随所に管楽器のsoloNo.66と同様にあるが、レンジと歪の影響が大きい。第3楽章は緩叙楽章になるが、井上著にも記載しているように、冗長な雰囲気に終始。メルツェンドルファーの場合も繰り返しは採用しないが、それでも709かかる。一つ前に聴取したNo.66は、提示部の繰り返しがあったがこれよりも長い8:36。3曲セットで作曲されたとは言え、この冗長さは辛抱に耐える雰囲気。
 この第3楽章はフンメル社から出版されたときに、大幅にカットされたと記述がある。確かにカットをされても致し方がないと思う。
 Finaleは、Prestoだが他の指揮者と比較してやや速いテンポに思う。第1楽章と違って、この楽章の録音は比較的良好。低弦の厚みがあり、fg.を含む各パートの音色も比較的良く分かる。楽章によって録音の差があるのが残念。

 2019923日 67番  B ドラホシュ Nicolaus Esterhazy Sinfoniaを聴取。No.6667.683曲のセットとなっていて共通点はある。No.67から聴取すると、soloの箇所は少しあるものの、弦楽器の特殊奏法の箇所はほとんどない。No.67と比較すると、視覚効果は余り高いほうではないと思う。井上著「ハイドン106の交響曲を聴く」では、フンメル社から出版されたときに、第3楽章が大幅にカットされたと記載がある。ドラホシュの場合は、緩叙楽章の第3楽章は、すべての箇所で繰り返しを採用。第3楽章だけでも1333にわたる。この交響曲の全曲は2918なので、約半分は第3楽章を占める。
 記述にもあったように、冒頭のモチーフが執拗に繰り返され、冗長な雰囲気が終始。後期の作曲は緩叙楽章でも変奏曲などが入ってきて、繰り返しに近い雰囲気でも冗長な雰囲気は回避されている。しかしこちらの方はソナタ形式で、スコアには繰り返しが全て指定になっている。第3楽章のカットされた部分がどこになるのか? 提示部 47、展開部 36 再現部 43 の計126小節。提示部と展開部の割合は、それほど差が余りない。提示部と再現部の後半あたりをカットしたのか? 第3楽章をすべて繰り返しがあるために、全体的に冗長的な印象に終始。

 2024年2月29日 68番  クランプ Johanees klumpp Heidelberger Sinfoniker を聴取。No.55から引き続く。No.66〜68は3曲セットで出版されている。共通点もあれば、曲によって違う点もあるようだ。No.68に関しては、Menuettoの楽章が2番目にあること。第3楽章 Adagio catabile が極端に長いこと。しかも特定の動機が執拗なく繰り返しがあり、変化に乏しいこと。「ハイドン106の交響曲を聴く」にも記載があったが、初出版のとき、3曲がセットなった出版されたが、この楽章は大幅にカットされたと記載がある。第3楽章の繰り返しを含めると大体 13分前後になり、交響曲全体の半分を占める。Finaleに速いテンポで完結に終わるにしても、あまりにも長すぎるため、全体を通してのバランスが悪いと感じてしまう。全体を通しての演奏は余りない印象。