音楽聴取記録(交響曲の聴取 各曲の聴取記録 通しNo.58  hob-No.49   
2021年12月26日 更新 

No 
Hob.
No.
 
通称名   作曲年 調性   楽

 fl  fg trp  cl  timp   cmb ランク    聴きどころ、ポイント
58 49 受難 1778 f 4 -  -  - - (1) B 転調を組み合わせるための移行旋律の登場と省略の効果
       1 f Adagio
       2 f Alleglo di molto
       3 f Menuet
4 f Presto
通しNo.26と同じ頃に作曲。No. 26は3楽章で終わっているが、こちらは、4楽章まである。名曲解説全集では、旧番号では補完を除くと、32番からの間が開いて、久々の掲載となる。(その間にNo.44  eーmol が掲載)
 第1楽章のAdagioは、引きづる様な雰囲気の主題。その後、明るい第2主題が登場するが、最後は、主短調に消える。
第2楽章のe調の主題は、短いが印象深い。その後の経過部は、新しい動機が入って転調しながらかなり長く続いて、第2主題になる。また提示部の終わりの方で、移行的な旋律がある。展開部は例に寄って各主題が様々に取り入れられる。再現部では提示部とかなり異なって展開もされ、第2主題は主調で再現。移行的な旋律が登場しない分、短調で暗く終わる。移行的な旋律を巧みに使っているのは、珍しくもあり他の作曲家の模範ともなったかもしれない。No.26と同様に モーツァルトKV191に類似。(特に、こちらの方はAllegloで第1主題の提示の後、経過的旋律で長い長調が登場するのは、共通点であると思う)
 Menuetは、vn.が低弦とカノン風に掛け合う。No.38の第2楽章と類似した手法であるが、テンポがこちら速いことや、楽器が増えていることもあり、こちらの方に軍配が上がる。
  Prestoは中規模のソナタ形式。提示部でも主題が展開されつつ、終始、緊張した雰囲気で締めくくる。この頃からチェンバロが不要になっているが、もし入っていると違和感が多い。
 名曲全集の解説でも掲載がされていることや、過去から有名だったこともあり遜色は全くなし。今日、演奏する機会は、この後のNo.45以上に少ないと思うが甲乙付けがたい。
 ドラティ盤の曲目解説では、Menuetのところで、Alleglleto canone in diapasonと記述があり、カノン風が明記されている。soloの活躍が全体を通して少ないこと。編成が大きいドラティ盤の方を勧めたい。
(2020年1月1日追記 タグとして2011年1月17日とする)
2011年1月2日 ディビス盤を聴取。Adagioのテンポは、演奏者によってかなりの差が生じているようだ。楽器編成はcmb.が入る。しかし、思ったよりcmb.が入る違和感はない。ディビス盤では、かなりゆっくりとした引きずるようなテンポ。全ての調が e で通すので、やや苦しいところではあるが各楽章のテンポが異なる。
 第3楽章のMenuetでは、第1楽章と同じ、かなりゆっくりめのテンポ。ob.と弦のユニゾンの効果がここでも光る。
 クラッシック音楽覚書のブログに、4人の演奏会による比較が記載してあった。
http://d.hatena.ne.jp/miwaplan/20070301/p1
「第1楽章をかなり長い序奏として考え、その後の3楽章を、急ー 緩ー急の構成でとらえたら全曲の構成が分かるやすい」との記述があった。教会ソナタの様式ではあるが、構成を理解する上でのヒントにはなろう。全体的は、フィッシャーの軽やかで駆け抜けるテンポに軍配は上がると思う。しかし別な視点での解釈として薦めたい。各弦がユニゾンで引く箇所が多く、当時の演奏者の資質が試される曲のひとつでもあると思った。
2011年7月23日(その1) Hob-No-49 をスコアを見ながら再度、聴取。ハイドン以外の作曲家にも共通しているかもしれないが、短調と休止符の効果が抜群。7小節目のフェルマータによる休止から、なにやら切ない雰囲気が付きまとう。
 第2楽章は、展開部では例によって、各主題が取り扱われると記載をした。その長さは提示部52小節に対して、49小節もある。異常に長いが、提示部で登場した、殆ど全ての主題が擬似再現、展開されるために、全く長いと感じさせない。スコアでみると、転調の極意の様に、調性が変わっている。va.を含む低弦をvn.の声部が独自の動きがあるのも見逃せない。音域が2オクターブ以上に動くのも、鋭い緊張感につながっている。
 Finaleの特徴は、最初の記録では特に記載をしなかった。ここでは、管楽器(hr.とob.)の持続和音を取り上げたい。弦楽器は低弦を含めて、殆ど、長い音符で引くことはない。特に低弦は4分音符を中心に、常にリズムを刻む様に引いている。これが、この楽章の緊張感につながっている。これに対して、管楽器は、かなり長い箇所に渡って和音で補強をしている。フィッシャー盤は、テンポがが速めであるが、各楽章のテンポの対比が目立つ。
(その2)2011年8月16日 ディビス盤をスコアを見ながら聴取。フィッシャー盤よりも概してテンポが遅めなのは共通しているが、ここでもその典型。第1と2楽章に共通している点で、提示部と再現部の長さ。緩徐楽章では、再現部が短くなるケースが多い。速い楽章でも、短いのは異例に近い。特に第2楽章は、提示部と展開部が殆ど同じ長さに対し、再現部が短く圧縮されている。
 再現部では、経過旋律や第2主題も主調の短調になり、主調でいずれも終わる。Menuetでは、ob.のユニゾンがディビス盤では目立つが、よく聴くと、「p」の箇所では、vn.のみが引き、ob.のユニゾンがないのがスコアで分かる。テンポはゆっくり目。異常な程、下降する飛躍した旋律により、緊張感が強いのがスコアを見るとさらに分かる曲。ディビス盤では、ライブ録音もあってか、主調の厳しい雰囲気が他の2者と比較して、より目だっていると思った。cmb.は独自の動きがあるが、全体的に弦の音を重視していて違和感はなし。
2013年6月23日 追記。ホグウッド盤を聴取。ホグウッド盤では、No.48とのカップリング。ホグウッド盤は、作曲順番に準じているようだが。明るいC調の締めくくりの後、このNo.49が続くと、テンポと調が、がらりと変わるので、とても対照的。特に、 e と言う ♭フラットが5つもある調性ということもあり、全体的に暗い雰囲気が他の3者比べて目立つ。

”La Passione”の表記とあるようにシュトルム・ウント・ドランク期の短調交響曲の中で「受難」の通称名を持つ。第1楽章がAdagioでゆったりとしたテンポの教会ソナタ形式。全ての楽章がfで全く同じ。楽章内で転調はあるが、気分はf調に終始する。聴き通すと調性が同じのは辛い面も一部あるが、逆に、この曲の統一感を出している。Adagioは、再現部では両主題が短調で再現され一層、暗い雰囲気で終わる。
 圧巻は、Allegloの提示部と展開部。第1主題は、2重対位法で扱われている様で、弦の動きが細かい。しかもカノン風に展開する。第1主題自体も、低弦で同時に別に提示されている。低弦、特にva.の動きが目立つ箇所は少ないが、暗い雰囲気を出している。提示部の中でも多彩な動機が扱われている。展開部は提示部の主な動機を用いて十分に展開されている。逆に再現部は短いが、その分緊張感を持って終わる。
 ドラティはAllegloの繰り返しがなし。チェンバロが入っているが、余り目立たない。
2015年4月28日 追記。ゴバーマン盤を聴取。第1楽章冒頭の主題が、2つのvn.パートが分かれていることで、明瞭に旋律の微妙な違いが聴き取れる。第2楽章 展開部T63でも第2vn.の冒頭主題の変形された旋律が明瞭に聴き取れる。
  一番、印象に残るのは、finale。ここでは、2つのvn.パートは同じ旋律で演奏する箇所が多いが、時折に、独自の動きがある。ゴバーマン盤では、弦を中心としたTuttiでのvn.パートの広がりが特徴。これは、No.4にも共通しているが、調性や雰囲気が異なる。管楽器の出番が余りないこの曲の特徴を捉えた印象。No.48と続けてあるいは、最初に聴くと、この違いが分かりやすい。
2015年7月25日 追記。ジョン・ラボック指揮のセント・ジョーンズ・スミス・スクエア管弦楽団のCDを入手。No.44に引き続く。Adagioのテンポは、かなり遅い。第1vn.を中心とした弦の微妙な陰影とコントラストの解釈が引き立つ。第1楽章は繰り返しなし。展開部T54の第2vn.の32分音符の動きがうまいコントラスト。最後の方もT92あたりから、少しずつ音を弱くしながら、消えるように終わっていくのも良い解釈。
  2曲しか通して聴いてみなかったが、緩除楽章の表面的には、単にテンポが遅いだけにしか聴こえないかもしれない。しかしながらその背後には自信に満ちた、演奏スタイルが垣間見える。緩除楽章を目立つように、他の楽章は、背後に控えているような雰囲気だと思った。
 2016年9月8日  トン・コープマン アムステルダム バロック オーケストラ No.49を聴取。No.44と同様に弦を主体としたユニゾンと対位法的な動きが共通なのは、この曲でも当てはまる。第1楽章の冒頭から、2つのvn.パートが3度?離れて演奏される部分。左右に広がり違いがよく分かる。T20から同じ音域で一緒になるところで、オケ全体が一体感で広がる雰囲気。 T36 Tuttiで シンコペーションの旋律が出てくるが(No.45の冒頭と同じ)T87で再現。この旋律は第2vn.が受け持つが、No.45と違ってはっきりと聴き取れる。
 第2楽章も、Alleglo di molto のテンポで、速く進むが、第1楽章と同様に、2つのvn.パートの音程(特にこの楽章はオクターブが多い)と対位法的、カノン的な動きが良く分かる。  第3楽章は、これまで独自の動きが少なかったコープマン自身が演奏するcmb.も独自な動き。丁度、デイビス No.42の第1楽章を思い出す。
 コープマンの演奏スタイルを聴いてきて、当時のエステルハージ楽団のsoloと複数でのTuttiの音色について興味を持った。Vn.は各3名。Va.は2名。Vc.とbassは1名ずつ。単純に考えれば低弦楽器は1名なのでsoloで弾いていることになる。
 ザロモンの交響曲の室内盤を先日聞いた。このときはザロモン編曲で、各奏者は第1、第2vn.1名。他のパートを含めて管楽器(fl)はそれぞれ1名ずつ。各パートの旋律が鮮明にsoloとして聴こえる。一方、コープマンの演奏は、弦は3名だが、あたかも3名以上の大きい編成で聴こえる。この違いは、ひとつ前に聞いた、No.45のfinaleで弦の人数が減っていく部分でsoloとTuttiの差が他の演奏と比較して、とても対照的に良く分かる。(前のレビューには余り詳しく記載をしなかったが、コープマンのFinaleは、ユニゾンの弦楽器が次第に奏者1名減らしているのが、今までの中で一番良く分かる)
一方、一連の3曲は、弦のTuttiの音色が現代のフルのオケの様に聴こえる。管楽器2名ずつの音色に対して、弦は押されていない。低弦楽器は奏者1名ずつだと建前ではsoloが2名。しかしSoloとしては聴こえない。録音にもよるかもしれないが、当時の演奏者数で古楽器で演奏すると、フルのオケにも匹敵する音色が演出できるのではないか。コープマンの一連の3曲の録音を通して、楽器の種類、奏者数、過去と現代の響きについて改めて考え直した次第。
 
2017年2月11日 T. ピノック No.49を聴取。概してユニゾンの個所が多く、2つのvn.パートの掛け合いがポイントの一つ。フラット系の調性で音色が暗い。No.48の輝かしい音色とは対蹠的。
 Finaleは中庸のテンポ。8分音符を一部含む冒頭の独特なリズムと低減の4分音符。この主題が第1vn.のT9で8分音符のスラーを伴うなど様々な音符が登場。T25から8分音符で刻むような旋律が独特で冒頭からの音符とは、対照的な雰囲気。今まで聴いてきた指揮者とは、この部分が独特。ピノック盤の交響曲はこの曲で一応終了。全体的にNo.48の快活できびきびした印象を一番としたい。
 2018年11月25日 49番 D バレンボイム イギリス室内管弦楽団を聴取。一連の6曲の中で最後の曲。第1楽章のAdagioのテンポは、かなり遅い。消えるように様なゆっくりしたテンポに引き続いて、速いテンポの第2楽章と対照的。
この間を実際の演奏では、どの様に行うか。hr.の持ち替えはない。vn.も第1楽章で弱音器をつけていないので、間をおくこともなく、直ぐに第2楽章につなげることもできる。この曲は全て同じ調性で、4曲を通して聴くとテンポの変化はあるが、調性が同じで少し苦しい面もある。第1楽章を第2楽章に向けた長い序奏と解釈すれば、3つの楽章となる。第1楽章と第2楽章を切れ目なく演奏すると、特に第1楽章の序奏の位置づけが大きい。私としては切れなく演奏して方が好きだと思う。(たとえが極端かもしれないが、マーラーの交響曲第5番の第1、2楽章との関係も同じと思うが) スコアでは第1楽章の提示部と展開部+再現部の繰り返しがそれぞれ記載されている。しかし現代では、この繰り返しはないようがベターであると思う。
 なお録音は1979年から1981年で今から約40年も前になる。ライブ録音ではないが、時折ノイズのような小さなな音があるようだ。しかし聴取に支障はない。
  2019年2月4日 49番  N マリナー アカデミー室内管弦楽団 を聴取。No.48から通して聞くと、長調と短調とで大きく雰囲気が分かるのはもちろん、cmb.が入るかどうかでも変わってくる。No.48では、cmb.は緩叙楽章を含めて入っていないようだった。しかしNo.49の方はNo.44.45と同じように全ての箇所で入っている。もうひとりの指揮者のR レッパードの方は、ライナーノートによると、cmb.と指揮者としての記載がある。指揮とcmb.を両方受け持っていたことになる。(No.26のみ)
 一方マリナーの方は、cmb.は常に右側の端の方に、少し手前気味に入っているようだ。No.6-8から通して聴いているが、常に必要に応じて独自の動きがある。この曲では特に顕著で、特にFinaleが目立つ。元々、速いテンポだがFinaleはさらに速いテンポ。展開部の終わりの方T87から再現部にかけて。ここではcmb.は装飾を含めた独自の動きが多彩に出る。
 今まで聴いて来た中では、展開部と再現部の繰り返しがない。しかしこのFinaleに関しては、繰り返しを採用。再現部終了後、一旦、展開部の最初に戻る部分。曲の最後の休止符が短く、直ぐに展開部の冒頭に戻り、間髪を入れない雰囲気で緊張を保っている。25曲は今回10枚のセットになっている。4枚目のCDだが半分近く聴取して来た。これまでの中で疾風怒濤期に関しては、長調と短調との組み合わせが旨く効果を発揮し、それぞれの曲の特徴を交互に表現している印象。
 
2019年4月7日 エルンスト・メルツェンドルファー ウィーン室内管弦楽団 49番を聴取。この曲もob.が前面に出ている曲のひとつ。第2楽章では、冒頭から2つのvn.が2分音符の跳躍ある旋律が特徴のひとつ。跳躍ある音域がしだに広がり、調性を変えていくところが一番の聴き所。T23当たりから、さらに第1vn.は冒頭と同じ旋律を演奏するが、第2vn.とva.はシンコペーションの旋律になる。一方ob.は第1vn.と同じ2分音符だた跳躍する旋律ではない。このため、この部分でも冒頭と同じように第1vn.の跳躍ある旋律を期待したいところ。
 しかしメルツェンドルファーの演奏では、やはりob.が前面に出てしまい、第1vn.の旋律は押されている。Finaleは、第2楽章と同様にシンコペーションのリズムにかわるが速いテンポで緊張感を通しての演奏を期待したい。しかし再現部に入るとエラーのため、最後まで聞くことができなかった。ひとつ前のNo.50がこの後に続いているが、こちらもエラーになって聴取できなかった。このCDは生産に関してのプレスの部分から問題があったかもしれない。
 2019年9月3日 ホームページの不具合は、解決する。(ソフトへのID等の入力ミスが原因だった)2019年8月19日 49番 ニコラス ウオード The Northern Chamber Orchestra を聴取。疾風怒濤期のひとつ。Soloの箇所は殆どなく、逆に弦を中心としたユニゾンが聴きどころ。小編成ではあるが、低弦を中心とした厚みがかなりある。
Finaleの冒頭の部分。対位法の典型で、管楽器の和音の中で、低弦は4部音符で刻むように支えている。得てしてこの部分では2つのvn.に集中してしまうところ。しかしこの部分でも低減は、鋭く刻むように明白。展開部の T64 p の部分。Ob.から始まり、ここでは、もちろんvn.はスラーで柔らかく演奏する。この部分でも低弦は柔らかく演奏。冒頭の部分とも対照的。疾風怒濤曲は、対位法の箇所が至るところにあり、管楽器を含めたsoloの箇所は少ない。しかしその分、ユニゾンを含めた、複雑な転調と展開が一番の聴き所。ハイドンの神髄でもあると思うが、この低弦の旋律 一つをとっても良い解釈。
 2019年7月15日 49番 ジョヴァンニ・アントニーニ イル・ジャルディーノ・アルモニコ を聴取。このCDでは3曲目になる。No.39から引き続きとなるので、作曲年代が数年後になる。アクセント、リズム感などの切れの良さなどは、No.1やNo.39と同じ様に継続。ハイドンには少ないほうかもしれないが、No.39と同様に、No.49もFinaleに向けて、クライマックスを持っていくように書かれていると思う。
 特にこの曲は、最初にテンポの遅い第1楽章がある。(珍しく展開部と再現部の繰り返しがない) 緩叙楽章がなく全て同じ調性の楽章が続く。緩叙楽章がないと、違和感を覚えるかもしれない。しかし第1楽章は、第2楽章に向けての長い序奏も位置すると解釈すればよい。そうなると実質、3楽章の交響曲と考えればFinaleに向けて力を入れて書かれていると思う。
 どの曲も、Tuittiや対位法的なところなど、様々な箇所がある。2つのvn.に関しては、対向配置を生かして、左右に広がったインパクトが大きい。ライナーノートによると第1,2vn.共に、同じ人数の4人になっている。音量もほぼ同じもあれば、Tuittiで同じ音程で、2つのvn.が迫力ある箇所が多い。しかしFinaleの冒頭など旋律は同じでも音程を変えることや、重音になる箇所を含めて2つのvn.の音色が異なる。同じ音程のユニゾンとの対比もされて効果的。(vn.以外の他のパートは、同じ旋律で1オクターブ離れているのと対照的)
 2020年8月8日 T ファイ No.49を聴取。No.52のCDに3曲が収録されている。第1曲目は2020年6月25日にアップ済。2曲目のNo.49を聴取。初期の頃の録音で ファイの場合はcmb.が入っていないことが多い。しかしこのCDは第2曲と同様にcmb.が緩徐楽章を除いて、最初から入っている。曲によっては、cmb.をいれるかもしれない。
 録音の時期はNo.52と大差はないが、私の聴取環境ではob.52と比較して、少し臨場感あるいはキレが少し不足気味の雰囲気。ファイの特徴は色々がある。No.52では4人のhr.奏者のステレオ配置を含めて特徴的と期待した。
 こちらの方は、逆に奏者は2名で持ち替えがなくfa の 調性で通している。私は管楽器の調性で特に、ナチュラルhr.についての詳しいことは分からない。Fの調性の楽器を使用して f 調の箇所をhr.が溶け込んでいるのかどうか気になるところ。
この曲は1〜4楽章すべて同じ調性で第3楽章 TRIOの部分のみスコアでは長調のFとなっている。それ以外の箇所は全てスコアでは f となっていて、hr.もfの調性で主に和音を補強するような役割が大半。しかしTrioの長調の部分でhr.がsoloの様に演奏する箇所がある。調性が急に明るくなりこの曲では唯一、明るい雰囲気の部分になるがT57でファイはhr.を強調する。しかしT53〜T56までは、できるだけ音量を落としているのとは対照的。
 49番 ロイ・グッドマン ハノーヴァー・バンド

2021年10月12日 49番 ロイ・グッドマン ハノーヴァー・バンド を聴取。殆ど短調の箇所が多く、各楽章もほぼ同じ調性で終始。冒頭から緩徐楽章も加わり、Finaleに向かって締めくくる曲の一つと思う。No.48から聴取するが元々、打楽器群は入らない。No.48と同様に、指揮者が中央でcmb.を演奏しながら収録。中央のcmb.はNo.48と異なり、緩徐楽章以外も大き目に入っている。cmb.をこの曲で使用するかどうかは、指揮者によって異なる。T ファイでもこの曲に限っては、cmb.を使用している。グッドマンはもともと、どの曲もcmb.がすべて入っている。この曲は他の曲と同様に常時入ることに加わり、cmb.が通奏低音以上の役割を担っているのか。cmb.の音がNo.48以上に、装飾を含めて入っている。
 Finaleの冒頭と展開部の最初の部分。スコアでは同じような旋律に見えるが調性は異なる。指揮者によっては、この調性の違いを生かして、強弱や各パートのバランスを微妙に変えたりすることも多い。グッドマンの場合は全体的には、余り大きな差はみられない。しかしcmb.が大き目に入る分、他の演奏とは異なる雰囲気。
 49番 Derek Solomons, L'Estro Armonico  デレック・ソロモンス レストロ・アルモニコ

2021年12月10日 49番 Derek Solomons, L'Estro Armonico を聴取。38番に引き続く。38番ほど、各楽章のレベル差はない。しかしに多少違うのは同様。 プチプチするような一定のノイズが時折入るため印象が少ない。


 エイドリアン・シェファード  カンティレーナ Adrian Shepherd  Cantilena 49番

2021年12月30日 エイドリアン・シェファード  カンティレーナ Adrian Shepherd  Cantilena 49番 を聴取。 No.44から引き続く。No.44にも共通していると思うが、概して遅めのテンポ。特に第1、2 楽章は、同じようなテンポが続いている雰囲気。この曲はすべての楽章が同じ調性になっている。第1と2楽章は、考え方によっては、1+2楽章をセットのように考えることも可能。すなわち第1楽章は、長い序奏を伴うと考えることもできる。この曲だけとは限らないが、最初期からしばしば登場するシンコペーションのリズムは第1、2楽章にもそれぞれ登場するので、共通した雰囲気もある。No.44にも少し触れたが、繰り返しの有無により影響も大きい。
 この演奏では第1楽章の前半と後半の繰り返しはすべて省略。このため第1楽章の長さがみ短くなる。このため、長い序奏を伴う交響曲のような雰囲気になる。疾風怒涛期だけとは限らないが、Finaleでソナタ形式を採用することが多い。変奏曲やロンド形式と異なり、ソナタ形式は重工な雰囲気が伴う。この曲もその典型で、曲全体がFinaleに向かっている雰囲気。概して弦楽器が主体で、主旋律を目立たす演奏が共通した解釈。
 Finaleの展開部の最後の部分の T79の部分。ここまで管楽器の音色は抑えていた。しかしこの箇所ではob.の主旋律を際立たせ、弦の音量は抑えている。No.44にも共通していると思うが、このCDは、既存の1枚目の発売日の2日間で2枚にわたって収録されている。ライヴではないが、2日間で、一気に仕上げた雰囲気のためか、各曲の細かい曲の特徴を捉えるのではない。むしろ一気に仕上げることを重点に、疾風同時の短調の曲調が共通していることを認識させているような解釈だと思った。