通
No |
Hob.
No. |
通称名 |
作曲年 |
調性 |
楽
章
数 |
fl |
fg |
trp |
cl |
timp |
cmb |
ランク |
聴きどころ、ポイント |
57 |
50 |
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1773 |
C |
4 |
- |
1 |
- |
- |
- |
(1) |
C |
Finaleが調を変えた単一の主題による形式。 |
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1 |
C |
Adagio e maestosoーAlleglo di molto |
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2 |
G |
2 |
Andante moderate |
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3 |
C |
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Menuetto & trio |
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4 |
C |
Finale、Presto |
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2011年1月19日 ディビス盤を聴取。通しNo.では、Hob-No.-64の次に収録。私の通しNo.よりは、次のシリーズ(時期)の録音になる。今回はスコアを見ながら聴取。
第1楽章の序奏は、長いと思ったら31小節もあり。全体が152小節であるから、繰り返しを考慮しないで考えると、序奏は約2割にも相当するのは、かなり当時としてはかなり珍しいと思った。
Andanteのvc.のオブリガートは、常に第1vn.と同じ旋律でしかも1オクターブ下を引いている、スコアでは、vc.は独自の段でオブリガートと明記されている。Andanteでは、管楽器は、提示部までは全く登場しないが、展開部から次第に入り込んでいく手法は、この頃から登場。楽器使い方についても、工夫がある良い例。
Menuetのtrioは不思議な雰囲気と記載をした。もう少しチェックをしてみると、trioの出だしは、Menuetの最初と同じ主調で登場。その後、短調にこの主題が転じる。聴衆は一旦、Menuetがないものと不安に思う。さらに調性が変わって、どうなるのか困った雰囲気であろう。その後、通常のtrioが入ってきてようやく安心したと思う。作曲者が味付けを楽しんでいる様な雰囲気が汲み取れる。井上著の本では、バロック的な要素が多いと言うか、No.48と比較をすれば当てはまると思う。ディビス盤でもランクはCで良い。 |
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2013年9月23日 追記。 ヴァイル指揮のターフェルムジークの演奏。hob-No.-64に引き続いて聴取。trp.とtimpが今回追加となる。テンポはフィッシャーと双璧になるほど、全体的に速め。Tuittiで、vn.が左右に分かれているのが、バランスが良い雰囲気。第1楽章のような、強弱の対比が大きい部分は、迫力が十分。
一方、第2楽章のオブリガートのvc.は、殆ど目立たない。古楽器を採用しているが、弦楽器の奏者数が多いためか?hob-No.65と比較して、緩徐楽章のダイナミックレンジの広さや、管楽器などの音色の対比や掛け合いが、その分、分かりにくい。Trioの第1vn.とob.のユニゾンの部分などは、現代の楽器のバランスに近い。これまで2曲しか聞いていないが。フィッシャーの気持ちの良いテンポを尊重し、弦楽器のフレージング十分に生かし、古楽器で演奏した雰囲気。 |
2016年7月10日 ブリュッヘンOrchestra of The Age of Enlightenment No50を聴取。No.59から引き続くとさらに作曲年代が後になり楽器編成もtrp.とtimp.が加わるが、後期の様なsoloに近い扱いは殆どなし。第1楽章で12小節の序奏の後、T13から第1vn.で第1主題が登場。ついつい、この第1vn.に耳が行ってしまうが、第2vn.以下の8分音符の対旋律も重要。8分音符の旋律は、ほぼ、全ての楽章にわたって登場し、せわしく動き回る。ホグウッドグウッドほど弦の細かい分離感はないが、逆にTuttiで、せわしく動き回る雰囲気が主題に負けることなく演奏されるのがブリュッヘンの特徴。第2楽章 trioでは、弦の各パートが珍しくsoloで演奏。 |
2017年1月18日 T. ピノック No.50を聴取。順番からすると、No.39のところでは、No.48になる。しかし、各著書から、No.48よりも数年前に作曲されている。No.48を後の方にもってくるために最初にNo.50を視聴。ピノック盤を聴き通して、初めて打楽器群が入るが余り目立たず。それに対してヴァイル盤を再度、その後に聴取。
C調という明るい調性。打楽器群が加わることもあり、大きな奏者で聴きたい曲の一つ。ヴァイル盤では奏者が多い。第1楽章は、8分音符あるいは時には16分音符のめまぐるしく動く動機が特徴の一つ。ピノック盤はやや遅めのテンポで、この動機が今ひとつ。それに対しヴァイル盤は速めのテンポに加えて、動機を「きびきび」と展開させる。打楽器もアクセントあり。
弦楽器の中でハイドンはVa.のパートを余り重視をせず、低弦と同じユニゾンの旋律個所が多い。しかしT39からの部分で16分音符のトレモロでva.が和音を刻む。この部分は、ピノック盤では余り聴き取りにくい。一方、ヴァイル盤は、低弦と異なりvn.パートに負けず、響きを高めている。各パートの分離感も聴き所だが、この個所一つをとっても印象的。聴き通してきた中と同様、あらためてヴァイル盤の良さを再認識。 |
2017年2月15日 T.ファイ No.50を聴取。3曲目から打楽器群が入る。第1楽章のピノック盤 T39からの個所でも少し触れた個所。ピノックではva.16分音符が目立つことを取り上げた。ファイ盤ではこの部分は余り目立たず。もう少し後の、T39からの経過部の動機。第2主題に向けての属調を確保して行く部分。Vn.パートは、切れのある「きびきび」とした雰囲気が多い。ファイの演奏は、この部分からスラーで演奏をする。T52からのスラーを伴う第2主題へつなげるための、橋渡しの解釈かもしれない。
No.48と同じC調であるが、こちらはやや古風なスタイル、それでもところどころで面白い解釈がある。井上著にも書いてあったが、第3楽章 Menuetのtrioの開始部分。Manuetの最初の旋律が同じ様に登場し、聴衆はTrioがないと一瞬思う部分。T59まではMenuetと同じテンポを忠実に守る。ファイではT63から開始するTrioの旋律の前の部分。僅か2小節であるが、2つのvn.パートは音量を次第に落とし、しかもテンポも次第に遅くしている。Trioの主題開始に向けて、何か謎がありそうな微妙な雰囲気が伝わってくる。 |
2018年5月31日 ベーラ・ドラホシュ/スウェーデン室内管の50番 を聴取。ハイドン音盤倉庫の下記のブログにも、No.50.51.52について記述あり。
http://haydnrecarchive.blog130.fc2.com/blog-entry-709.html
モダン楽器のようで第2vn.は右側に位置。2000年の録音で定位感、分離感等の録音状況も良好。No.50は、どちらかといえばNo.48などと比較して、比較的古風な雰囲気でsoloの箇所も殆どない。第3楽章Menuet TrioのT61-62導入の部分。ファイの演奏では、T62で明らかに異なるTrioの旋律のつなぎの部分として、この箇所は少しテンポを落とす。この演奏では通常通りのテンポ。
4楽章のうち、もっとも面白いのはFinaleだと思う。Tuittの箇所もあるが、弦を中心とした各パートと対旋律が随所に登場。休止と転調など意外な仕掛けがある。ドラホシュは、繰り返しは忠実に採用。テンポの変化などは余りなく流れを重視。しかしその分、強弱と休止の対比は自然な雰囲気。 |
2019年4月6日 エルンスト・メルツェンドルファー ウィーン室内管弦楽団 50番を聴取。CDの再生不調のため聴取できず。3曲目にあたる。最初の1曲目のNo.48は問題なし。 |
2019年4月14日 エルンスト・メルツェンドルファー ウィーン室内管弦楽団 50番を聴取。4月5日に聴取したが、このときは、CDプレーやの再生不良だった。その後、CDプレーヤー自体が不調になり再生できなくなった。このため別なプレーヤで再生を開始。過去に再生できなかったNo.50を再度、再生してみたら良好。同じC調のNo.48で打楽器群が入るのは共通。こちらの方は様々な旋律は余り登場せず、どちらかといえば、古風なスタイルな雰囲気。序奏の後T132つのvn.が登場する。その後、経過部のT31-32にかけて、第2vn.でスコアとは違う音が僅かに入っている。提示部の繰り返しの部分でも同様なので手持ちのスコアの版の違いかもしれない。
第3楽章 Menuetでtrio は、少し独特。T57からT62にかけて、調を変えてMenuetの冒頭部分が一瞬、登場する。その後のTrioも繰り返しの記号がない。管楽器はob.のみだが、弦楽器とのバランスも良好。Trioの最後は、ob.のみで消えるように柔らかく終わる。その後再度、TuittiのMenuetとも旨く対比。
Finaleの冒頭は、弦楽器のみで2声で登場するのは第1楽章と共通。最初は柔らかく登場し、しばらくは柔らかく演奏しているのも理にかなっている。展開部の冒頭T68からp で開始。しかしその後、T70で低弦が2分音符遅れてさらに休符がある。冒頭の柔らかい雰囲気から旨く対比させている。他の曲だとFinaleの後半で歪が目立つケースがある。しかしこの曲に関しては、歪も少なく録音も良好。 |
50番 ロイ・グッドマン ハノーヴァー・バンド
2021年10月19日 50番 ロイ・グッドマン ハノーヴァー・バンド を聴取。3曲セットが収録されていて最後の3曲目。この曲のみ打楽器群が入っている。Timp.とtrp.はセットになっていて右側に位置。左側のhr.と対比させているようだ。グッドマンの過去のCDでも4人のhr.の曲の一部では、左右に分かれて演奏していた曲もある。打楽器群とhr.とをうまく分けているのは効果的。
過去のグッドマンのレビューでも、古楽器を使用している記載した。しかし余り古楽器の音色は私には聞こえない。むしろモダン楽器に近いような音色の雰囲気。録音のレンジが広く弦の奏者も多いようだ。 演奏スタイルが、N マリナーのように、透明感が高いようだと思う。ザロモンセットなどの後期の交響曲では、少し物足りないようなレビューを書いたこともある。それに対して中期より前の交響曲は、各パートのくっきりしながらも、弦の厚みのある音色が印象的。N マリナーの場合は、vn.は対向配置でない。モダン楽器を使用し、大半の曲はcmb.は使用しない。しかし演奏の解釈は、N マリナーの雰囲気に近いと感じる。
Finaleの展開部のT98からの部分。提示部からこれまでの部分は、対旋律を伴いながらも各パートは大体、同じ出だしで終始をしていた。T98で管楽器と弦楽器が分かれて、休止符を挟みながら掛け合う箇所。突如、短いながらも緊張感が増している箇所。単に聞き流してしまうと一挙に終わってしまい違いも余り分かり難い。しかし様々な奏者でスコアを見ながら聞いてみると、意外なところで仕掛けが楽しめる。この演奏でも弦と菅とが分かれていて興味深い。50番 ロイ・グッドマン ハノーヴァー・バンド
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2024年5月26日 50番 アントニーニ Basel室内管弦楽団 を聴取。No.62から引き続く。第15集は3曲が収録されているが、 LA REINE 王妃のようにフランス国王 、Maria Theresaなどに関連した曲が収録されている。No.50は当時、演奏された曲目になる。従来はNo.48とされていたが、近年はNo.50になっている。No.50は1773年の作曲となっている。疾風怒涛期から少し後の作品になる。ライナーノートの楽曲解説の中で、Maria Theresa がEszterhazaに1773年 訪問した記述はもちろんあり。それに関連して、Der Rat der Götter (The Council of the Gods)のキーワードがある。今回は輸入盤を購入したので邦訳がない。これは東ドイツが1950年 作成した白黒映画らしいがNo.50との関連が今一つ、よく分からない。
No.50は、どちらかといえば余り注目されない曲の一つかもしれない。従来までNo.48とされていた曲と同じ調性。No.48と比較すると打楽器群は入るものの、派手な印象が余りない雰囲気かもしれない。しかし各楽章はそれぞれバランスが取れているように私は思う。たとえば第1楽章は序奏を伴い、速いテンポで常に流れるように書かれている。第1主題は流れるような旋律に見えるが、伴奏側となる第2vn.は常に4分音符の連続となっている。提示部の終わりに近い部分の第2主題も、第2vn.は4分音符となっている。流れるように感じる雰囲気が終始ない。
これに続いて第2楽章は独奏vc.が登場するので、少し前の室内楽的な典型の一つ。第3楽章 Menuetto は通常通りに開始してもTrioの部分が直ぐに登場しない仕掛け。Finaleは休符をふんだんに取り入れた意外性。No.48と比較すると、仕掛けを楽しむような少し前の疾風怒涛期の様な手法が見受けられる。アントニーニの演奏は、vn.の対向配置も生かして各パートの動きがよくわかる。
例によって表装について。一つ前の第14集はテーマが帝国なので男性が中心。表紙は男の子どもや馬なども登場する。一方、第15集は王妃なので、女性が中心で表紙も女の子ども。撮影者は多くの国で写真を撮っているようだ。2015年の北朝鮮の写真も興味深い。表紙の写真がどこの出展なのか少し調べてみたが、よく分からなかった。
何度みてもこの表紙の写真は面白い。雪のある高い山の様な場所に女の子が、女王が座るような椅子に何か訴えるような表情で足を広げて座っている。近い位置から母親のような人が背中から撮影されている。母親?の表情は見えない。右手を腰に組んで左手に犬のリードを持っている姿勢からして、「生意気な仕草」の姿勢をみて、何か子どもに言いたそうなニュアンスが読み取れる。LA REINというキーワードを象徴している写真だと思う。
このCDは3曲がセットで録音されている。最初のNo.85は、Maria Theresa の娘。3曲目は、当人のMaria Theresa。ライナーノートでは当時は、娘は当時3歳の年だったこと。2曲目は オペラ時代の一つの曲で、オペラや人形劇などを含む様々な演目が終日、披露されていたことなどに関連する曲。CDの収録順番は作曲順番ではなく、遡るようになっている。No.85を最初のメインに持ってくる。これをもとに、女王のテーマを遡るようにNo.62を挟む。作曲順番ではない。しかし王妃のテーマに上手くあっていると思った。
なお、Haydn 2032のサイトを参照すると、第14集は baselでの演奏は2021年5月10日。曲目の順番はNo.62、vn.協奏曲、No.50、No.85となっている。収録時間の関係かもしれないが、vn.協奏曲は収録されていない。また作曲順番で演奏されている。
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2024年6月2日 50番 ウルフ・ビョルリン/カペラ・コロニエンシス を聴取。下記の再度にも好演のレビューあり
https://haydnrecarchive.blog.fc2.com/blog-entry-1291.html
No.50はつい最近では、アントニーニ Basel室内管弦楽団 を聴取した。元々の弦を中心とした切れのある印象。指揮者は異なるが同じ奏者で他の交響曲も録音しているようだ。しかし私の方はレビューがないので、楽器などの詳細は不明。Vn.は対向配置。
No.50に引き続き、No.87,89が収録されている。録音の詳細な年月日までの記載がないが、1983,1985年となっている。
録音は、レンジは普通だが左右に広がったステレオ感がある。残響がやや多く、木管楽器と弦楽器の奥行きの差が分かり難い。常時cmb.が入っている。アントニーニと比較して弦楽器の奏者がやや多いかも。各パートの広がりはあるが、細かい弦の奏者までの音までは分かり難い。打楽器群がやや遠くの位置にあるが、奥行き感が分かり難いため、tuittiの箇所では、やや迫力不足。
レビューのように低弦の厚みがあるのは、良い印象。第2楽章は弱奏の部分が多く、vc.のオブリガートが入る。アントニーニの場合は、ややこのsoloが分かり難い。一方こちらの方はsoloが分かりやすい。伴奏側になるcmb.が、この楽章のみ、極端に音量が上がる。このためやや音量のバランスが不自然な点はゆがめない。これは D R デイビス盤でも同様だった。ハイドン音盤倉庫ではドラティ盤の解釈に低弦の厚みを加えた解釈とある。確かにこの解釈には合点は行く。アントニーニの切れのある新鮮な録音を聴いた直後だけに、録音による差が多い印象。
(2024年7月7日追記 タグとして2024年7月7日 1 とする)
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