音楽聴取記録(交響曲の聴取 各曲の聴取記録 通しNo.3 hob-No18

2023年9月1日 更新

No 
Hob.
No.
 
通称名   作曲年 調性   楽

 fl  fg trp  cl  timp   cmb ランク    聴きどころ、ポイント
3 18 1757頃 D 3 -  -  - - (1) C menuetの最後のコーダで締めくくり
       1 G Andante Mmoderato
       2 G Allegro molto
       3 G Tempo di menuet

2010年11月23日:3楽章で構成される例は多いが、最後はメヌエットで終わるのは数が少ない。3楽章が全て同じGで終始のため調性の変化が少ない。最初のAndante moderatoは小ソナタ風かあるいは教会ソナタか? 中間の第2楽章がAllegloなので、第1楽章は時間の長い第2楽章の序曲風にも聞える。中期から後期がAllegroPrestoで終わること。それに対してmenuet3楽章で終わることもあり、全曲を聴き通しても物足りなさがある。menuetの最後に比較的長いコーダがあるので、最後に少しはすがすがしい気分に終わる
  ドラティ盤はcmb.の音が大きめなのは第37番と同様、ゆっくりとしたテンポでの第1楽章と第3楽章trioでは、cemb.は花を添えている。第1楽章はフィッシャー盤と比較してかなり長い。このため単一の第1楽章として楽しめる。
  スコアを見ながらフィッシャー盤を聴き直す。スコアの版によるかもしれないが、第1と第2楽章が入れ替っている。Menuetの最後は、第1楽章の主題が回帰される手法は今後も時々、採用される。しかしこの頃よりテスト的かもしれないが、早くも試みているのは、いかにも若いハイドンの意気込みを感じさせる。
 また第3楽章でsoloで演奏する箇所を確認。trioの部分では、初期・中期にかけては、かなりsoloを多用している。この点は了解はしているが。trioは一般に弱音の箇所が多いが、「f」の箇所でもsoloのまま。
20191227日追記 タグとして20101123日とする)

20101127日 ディビス盤を聴取。全てを聴き通してみて、各楽章のテンポが全て異なるものの同じGの調性で終始。各楽章の特徴も大きなものも余りないので、Cランクのままとしたい。ただ第3楽章のtrioは、短調なので主調とは異なる。
 Menuetの最後の部分のcodaは、第1楽章への回帰を思わせるのは、何回か聴いて判明。(第1楽章の主題とmenuetの主題との関連性は余りないと思うので)この手法は、後のHobNo.-32(ホルン信号)でも採用された。この手法の前段として、考えられたか?この点などは、何回か聴いてみないと見落としてしまう。
 その後、手持ちのスコアをながらHobNo.-181楽章Andanteをチェック。フィッシャー盤ではcmb.が入っていないがディビス盤では入っている。第12vn.を中心とした付点音符の独特のリズムがこの楽章の中心となるであろう。これを際立てるためには他の楽器は、できるだけ終始、目立たない役割を好む。これに伴い、cmb.は控えめの方が良いと思う。
 一方、もう一度フィッシャー盤を再度、比較のため聴き直してみた。va.以下の低弦が弱奏の部分を中心に、ピチカートで演奏しているのではないかと思った。スコアの最初の1小節目の低弦はピチカートの指示の記載はなく、スタッカートのみの記載になっている。特にT7当たりではっきりと聴こえる。しかし、もしピチカートで引いていたらvn.との音色の対比にプラスになっていると思う。

2013119日 追記。ホグウッド盤を聴取。
No.1
から聴き通している中での3曲目。(通し順番で聴いているため、CDの収録順番とは前後する)。3曲通している中で共通していることは、やはり細かいパートの音色。弦楽器と管楽器のバランスに違和感がない。もし古楽器でなかったら、管楽器の音色は負けてしまう。しかし少人数の弦楽器でも管楽器とのバランスが良い。当時の編成はおそらく、この演奏は大差がないと思うので、改めて各楽器の音のバランスの良さを認識した次第。

2019211日 エルンスト・メルツェンドルファー ウィーン室内管弦楽団 18を聴取。3曲目になるが、こちらは3楽章でFinale がtempo di Menuetto で第1楽章を少し回帰させる短いcodaがある。No.137では、どちらかといえば、Ob.のユニゾンが聞き取り難かった。しかしこちらの方は録音がさらに鮮明なのか、ob.のユニゾンの箇所が細かく分かり、管楽器と弦楽器のバランスが良い。
 N マリナーの演奏でも少し触れたが、どの旋律を重視するかによって、曲の雰囲気や流れの理解が変わってくる。この曲はとても短く繰り返しの箇所が多いのでそれほど、どの旋律を強調させるかは余り重要視されないかもしれない。ob.のユニゾンにも触れたように、主旋律とはかなり異なり対旋律でもない動機については、特に初期の交響曲では余り重視しなくてもよいと思う。その分、冒頭を中心とした主題と、その後に展開していく旋律を表に出し、必要に応じて伴奏となる旋律は控えめでよい。
 メルツェンドルファーでは、このスタイルをこの曲では、少なくとも通している。Finaleは少ない箇所ではあるが、管楽器にもsoloに近い動きがある。この部分では、しっかりと表に出し弦楽器は控えめになっている。この当たりのバランスは作曲年代や、個人の好みもあって微妙なことではあるが。少なくともこの演奏を聴く限り、ob.のユニゾンの扱い方は、ゆっくり目のテンポも相まって自分の好みに合っている。

20191028日 18  Kevin Mallon K マロ Toronto Chamber Ochestraを聴取。ごく初期の交響曲のひとつ。3楽章の同じ調で、最後はTempo di Menuet ながら短いcodaに近いもので終わること。第12楽章の再現部も、はっきり登場しないなど、No.15のように独創的な面がある一つと推定。
 No.107の時にマロン盤の奏者の数に触れた。また、この時の映像ではhr.は、中央よりのやや左側に位置していた。ごく初期の曲は、hr.はどちらかといえば、補強的な役割が多い。このため、概して旋律としての独自の動きは少なく、Tuittiの補強の役割で控えめでよいと思っている。第2楽章 Allegro moltoの最初の部分。第1楽章のゆったりとしたテンポと異なり、全ての楽器が最初から速いテンポで登場する。T6hr.が2つのパートでリズムのある動機を演奏する箇所がある。この部分でもあくまで控えめに演奏している。

 

Johanees klumpp  Heidelberger sinfoniker 18

20211024日 Johanees klumpp  Heidelberger sinfoniker 18番を聴取。T ファイからスピルナーを経て、新たな指揮者に交代し第1弾。今までと違って今回は国内仕様のCDを購入。国内盤のブックレットについては、最後に記載予定。このCDNo.18以外に2201719が収録されている。最近のスタイルとしてCDの収録順番から聴取する。T ファイの録音で、中期から後期の録音は比較的そろっていると思うが、初期の交響曲はまだ完成されていない。第25集になるこのCD。収録順番について。5曲はほぼ同じ作曲年代なので、どの曲を1番目に持ってくるのかも興味深い。アントニーニのような他の作曲家の作品は今まで収録されていないので、ハイドンの交響曲のみの順番となる。全集を目指す指揮者などは、hob番号だったり、D R ディビスのように作曲順番だったりするなど選曲の様々な選択方法がある。5曲の中でこのNo.183楽章形式で緩徐楽章から始まる。5曲の最初にゆったりしたテンポから開始したい趣旨があるような考えだと私は思う。

 No.18は3楽章で、どちらかといえば実験的な試みもある作品の一つ。この奏者の共通している録音でvn.は対向配置。第2vn.が右側から単独で開始するので、対向配置を意識しないと、戸惑う可能性もある。緩徐楽章でしかも弱音で始まる場合、再生装置のボリュームに位置をどの場所に定めるのは苦労をする。過去にアントニーニのNo.68シリーズでのこと。冒頭のNo.6の序奏の部分で弱奏ではあるが、ダイナミックレンジの広い録音で最初にボリュームを上げすぎると、後で収集のつかないほどに大きい音量になる可能性もある。

 この作品では、冒頭からそれほど弱奏ではないが、それでもレンジが広い録音。弦の奏者の数は下記の通り。ほかのシリーズと同様に、奏者の個人名が丁寧に記載されている。

 

44221

 

このレーベルの特徴である指揮者のそばで聞いて録音は、相変わらず素晴らしいと思う。住宅環境の兼ね合いもあり、殆どヘッドホンでの聴取だが、vn.を含む弦の奏者の一人一人の音までが聞こえているような鮮明な録音。この指揮者は初めて聴取するが、基本的にはファイのスタイルを踏襲していると思う。最初の第1楽章は、ややゆったり目のテンポ。それに対して第2楽章Allegro molto は、かなり速め。テンポの対比が効果的。細かいテンポを微妙に変えたり、繰り返しでは装飾を加えるのはファイと同じ解釈。

 

3楽章のTrio(中間部)の部分。この曲で殆ど唯一といっての短調。付点の旋律が消えて弱奏で変わる箇所。繰り返しがあるのは通常通り。繰り返しでは第1vn.はわずかだが、ポルタティメントあるいはグリッサンドのように引いている。8分音符の刻むような第2vn.の音色とも対比されて曲想の雰囲気が「がらり」と変わるのも効果的。

      

 2023年8月22日 18番 R グッドマン ハノーヴァバンド Roy Goodman The Hanover band を聴取。初期の曲でもfinaleの最後で、第1楽章の一部が回帰するなど実験的な面もある小さな交響曲。グッドマンの演奏は、中央にcmb.が入るが、音量をかなり落としている。弦楽器、菅楽器の音量も、もちろん落としているが、cmb.も同様。展開部と再現部の繰り返しを採用。繰り返しの後半は、cmb.に微妙な装飾も入る。
 奏者の少ないホグウッドの演奏などは、弦楽器と菅楽器のバランスが良いとレビューした。Andanteの第1楽章は全体を通して、音量を抑えて、弦楽器を中心とした箇所が多い。それに対して、第2楽章はテンポを速め、弦楽器と菅楽器のユニゾンの箇所も多い。ob.のユニゾンになることで、音量が大きくなることが、この演奏でもよくわかる。
 第3楽章のFinaleは Tempo di Menuet のスタイルはNo.22にも類似している。しかしNo.22は最後の部分で第1楽章の一部の部分の回帰はない。No.31はハイドンで唯一、Finaleの最後の部分で第1楽章のFinaleの終わりのような回帰がある。実験的な取り組みは、このNo.18から始まったのかもしれない。
 2024年8月23日 ドラティ盤 No.18を聴取。No.17から少し時間が経過する。 ドラティは常に、cmb.が入っている。緩徐楽章でも同様だが概して、cmb.の音量が大き目。この曲は、冒頭から第2vn.から主題が提示される。ドラティの演奏は対向配置でないため、2つのvn.の違いが、余り分からない。この曲は最近では、 J クランプを聴取した。

http://mistee01.blog118.fc2.com/?tag=18%E7%95%AA

対向配置を生かして、レンジの広い録音が印象的と記載をした。ドラティの弦楽器の奏者の数は、現時点では私は分からないが、クランプの編成数(4:4:2:2:1)よりは多いと思う。クランプの演奏は奏者が少ないが、かつての T ファイ の録音を踏襲するかのように、指揮者のそばで聞いている雰囲気。第1vn.の奏者の一人一人が、分かるような、間接音と残響を減らした鮮明な録音。私好みではある。
 それに対して、ドラティの方は、やや残響が多く、弦楽器全体の音量は大きい分、弦の各パートの奏者までは分からない。奏者の多い録音だと、tuittiの箇所で、菅楽器の音が弦楽器に埋もれてしまうこともある。
譜例では、引用元の関係から fg.のパートは独立しての記載がない。(vc.とBASS.と同じように記載がある)ドラティの演奏では、fg.はbass.と一緒にユニゾンで演奏している。ob.とhr.の管楽器は冒頭の部分は休みとなる。その分、fg.はスコアでは見落としがちであるが、bass.とのユニゾンであるがよくわかる。
 第3楽章のtrioの部分。 cmb.が、独自の動きでかなり大きく入っている。 D R デイビス盤は、常時cmb.が入っている。元々、ドラティの演奏を参考としたのかも。全体を通しての感想は、対向配置を生かした J クランプの演奏の方が、印象に残る。