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音楽史の中のハイドン2　４．シリーズから再販へその15-18
４．シリーズから再販へ
（その１５）　イギリスへの渡英については、機会があれば、また記載をしたい。話の流れから、初期シリーズの楽譜出版と再販に向けて、シリーズ化に向けて触れたい。
ヨーゼフ・ハイドンのシンフォニー　同時代の出版について　(1)の続編　1800年前後の出版1の紀要について、この当たりに触れてある。評価の高まってきた個人の作品は、当時からセット販売されていた。その後、社会的に既に単発的に流譜している特定の作品群を系統的に刊行されていった。刊行企画の開始ときには、どう展開していか、見通せないのであって、何年も掛けてそのシリーズに組み入れるべき版下を蒐集していく。勢いそれ自体は、再販であることが多いが、同時に版権所有者との接触によっては、初版の可能性のある最初期の刊行を担うこともあった。
（その１６）
　この場合、刊行に向けて各自の努力はあったにせよ、「作曲者、関係者から　たまたま入手できたものの出版　から出版者独自の出版事業へ　の転換」という視点が重要である。１７７０年代にパリのシーベル者が刊行した３曲ずつ４集シリーズはその１8世紀中における第92番までの出版の例である。同社は１７８２年に刊行し　第1番　hob-69　が掲載され、その後、１８０１年まで続けた。20年間で最大規模の35曲が刊行された。
　ロンドンのフォースター社も、シリーズのひとつとして１７８５年頃から９０年頃にかけて、アルファベット文字で順列する23曲を刊行した。その中のNo.88：Vは有名なものになっている。（ちなみに　A：71．W：89）　

（その１７）
　一方、１８世紀の変わり目頃から、社会の変動に伴って、パート譜の購入をする層は、変化しつつあった。当時は、実用目的でパート譜が全盛であった。邸宅は家庭での音楽演奏という枠組みを現実としてシンフォニーが超えてしまうと、パート譜出版のみは、衰退の運命にあった。92番までのシンフォニーも１８００年前後にどれかが、全く初めて出版されることはなく、新たに刊行されるとそれは　続版という形をとった。それらを含めて続版自体がやがてなくなり、１９世紀のオーケストラ楽譜演奏するには、ストックされたパート譜を使用するか、スコア譜から新たにパート譜が筆写される事態になっていく。　しかし一方で、スコア譜出版も順調に進展していくのではなく、19世紀半ば過ぎまで、時間が経つほど遠い存在になっていく。

（その１８）　ハイドンの交響曲が１８世紀前半に、当時、人気があったバロメーターとして、再販を含めた出版数を調べてみると分かりやすい。交響曲の再販を含めたデータは、詳細を調査すれば、分かるかもしれないが、手元の著作でも、ある程度のヒントはある。中野著　ハイドン復活の　後書きに代えての部分で、全作品の出版に関して記載されていた。これは、交響曲を含めてでのデータであり、舞曲などの曲集も１曲として数えている。ハイドンの作曲数は編曲あるいは、改作まで含めて１６６５曲ある。そのうち８５％にあたる１４１９曲が現存。
　しかし、現存する１４１９曲余りの作品は、ハイドンの時代に出版されるようになったのは、５０才代以上（おおむね１７８２年以上）以降の時代であった。当時、出版された作品は、全体の半分にも満たない約６００曲に過ぎない。残りの８００曲は手書の楽譜で伝えられた。
　これを交響曲にも当てはめてみると、生前（１８０８年）までの出版されたなかった交響曲は、15曲（その７参照）１４１９曲の内、交響曲は、約106曲と仮定した場合、まだ出版の日の目があった方かもしれない。それに対して、バリトン三重奏曲など、殆ど出版されなかったと思うので、これとは対照的であろう。

音楽史の中のハイドン2　3．パリでの人気の根拠その12-14
３．パリでの人気の根拠
（その１２）中野著　ハイドン復活、ハイドン交響曲では、上記その１の第1期、第2期で、パリで人気があったことは、触れられていた。また、ハイドン自身が、パリでおおいに人気がありながらも、エステルハージの中のみでとどまっている、悔しさというか、歯がゆい気持ちなども記されている。それでは、具体的に、どの程度、当時、パリで人気であったかについて、出版等の切り口から調べてみた。まず、ハイドン交響曲や紀要から、以下の様に、既に開花が見られる
１７６９年　ゴセックによってコンセール・デ・ザマトウゥールの演奏組織が創設（資料が少ない点があり明白ではない）
１７７２年　リヨン　アカデミー・デュ・コンセール　４本のhr.と伴うシンフォニー１曲演奏
１７７３年　パリ　コンセール・デ・ザマトウゥール　シンフォニー演奏
１７７７年　パリ　コンセール・デ・ザマトウゥール　シンフォニーNo.56演奏　ル・グロの指揮
１７７７年　　同時に、ドゥ・シリ社から出版、翌年シーベル社、リヨンのゲラ社から出版
１７７９年以降　コンセール・スピリチュエルで　シンフォニーの年間25回の前後の演奏会で　　　　　　　　　　５－６回シンフォニー演奏
１７８２年　　コンセール・スピリチュエルで　シンフォニーの年間演奏回数は２桁になる

（その１３）ここで、作曲されてから、どの程度の時期を経て、各地で出版されたかを、地域別で比較してみたい。あくまで、ロンドン渡英までの時期で、全ての交響曲をピックアップするのも、私では難しい。数点の交響曲を絞るにあたって、自筆楽譜で確定しているもののみとし、フランス、（パリ、リヨン）、ロンドン、ヴィーンで比較をしてみた。同じ国でも複数の出版社から、発行されるデータもあるが、その場合、一番、早い出版年の方を採用した。
　
No 作曲年フランスロンドンヴィーンハンブルク
パリリヨン
45 1771 75 85-86
46 1771 75
47 1771 74 89？
49 1768 71 86
50 1763 出版なし
54 1774 78以降
55 1774 89? 86
56 1774 77 78以前 85-86
57 1774 82以前 81以前 89?
61 1768 84 84以降？ 83-84
No.45ー81までで自筆楽譜により作曲年代が確定していないが比較的推定しやすいもの
　ここでは、少なくとも、40番から50番代に関しては、パリのみで出版され、ロンドンではかなり後であることが分かる。上記の表の中で、フランス（パリまたはリヨン）とロンドン、ヴィーン、ハンブルクと比較して明らかに、出版が早いものを黄色いセルで記載してみた。フランスではパリとリオンの２つに分けている。パリの本拠とする出版社はリオンにも支社あるいは提携社があった。逆にリオンの出版社は普通にパリに提携先があった。ここでのデータは、最初に掲載されている都市としてある。

（その１４）
　自筆楽譜で確定できないものも、一部を比較してみた。ここでは、1980年のハイドン研究所フェーダーのデータの作曲年代に準じた。（No.72を除く）

No 作曲年フランスロンドンヴィーンハンブルク
パリリヨン
48 -1769? 84 89?
51 -1774 -82 84?-
52 -1774 74 90?
53 1778/79 86 81-82 83-84
58 -1775 73
59 1766-68? 72
60 -1774 -99 -83 89?
62 -1781 80 84 83-84
63 -1781 79 82以降 81
64 -1778 82以前 84?以降
65 -1778 84 90？
66 -1779 86以前 83 81以降 79
67 -1779 86以前 81以降 79
68 -1779 80 81以降 79
69 -1779 82以前 82以降 83-84
70 -1779 80 82 81
71 -1780 79 82 81
72 1763 84?以降
73 -1782 84 86 82
74 1781 80 81-82 81
75 1781 79? 82以降 81
76 1782? 85以前 84 87 83-84
77 1782? 85以前 84 87 83-84
78 1782? 85以前 84 87 83-84
79 1784 85 84? 85
80 1784 85 84 85
81 1784 85 84 85

　その１３と同様に、フランス（パリまたはリヨン）とロンドン、ヴィーン、ハンブルクと比較して明らかに、出版が早いものを黄色いセルで記載してみた。ここでも同様に、おおむね、60番頃までの曲は、フランスが先行している。しかしながら、60番代の後半当たりからは、ドイツのハンブルクが台頭してくるためか、状況が変わってくる。また、No.73に関しては、ヴィーンで最初に出版された。　音楽史１その94を参照。全体的に俯瞰をしてみると、フランスでの先行が汲み取れる。
　先行している原因は、やはりヴィーンでは、出版がアルタリアを初め、遅れていたことが大きいであろう。紀要では、76-78に関しては、ヴィーンのトリッチュラ社とロンドンのフォースター社の双方に出版権を譲った。

音楽史の中のハイドン2　2．生前から人気にあった曲は　初期、中期では20番と41番か？その5-11
２．生前から人気にあった曲は　初期、中期では20番と41番か？
（その５）
　音楽史１　その９２で、ヴィーンのアルタリアが登場するまでは、印刷楽譜は、パリやロンドン等の大都市が先行していた点を記載した。ヴィーンの出版社とそれ以外の出版社のシンフォニーの数を、時系列で見てみると良く分かる。国別の出版社一覧で、横方向は年１７６４（フランスのリヨンでの最初の出版）－１７９３年（ロンドン渡英）までの１年ごと。縦方向行（段）は、国別の出版社ごとに記載されている。
　横長で４ページにも渡るために、やや見難い点があるが。最初の２ページは、フランスの出版者のリストになり、左側からの1764年からスタートする。これらのデータは、同じ出版者から、再販でなされたものは、網羅されていない。また、１７９３年以降に関しても記載がされていない。このため晩年あるいは、没後になってからのデータでない点に注意する必要がある。そのような中でフランスの出版社は、早くから、時系列的に埋まっている。
（その６）
　一方イギリスに関しては、最初は1773年からスタートし、フランスに遅れること９年。出版の数は、フランスの１５社に対して８社。ドイツにのアムステルダムとベルリンでは、３社が1767年とフランスやイギリスに類似して埋まっている。
　それに対して、オーストリアでは、ヴィーンでは、アルタリアとトリッチュラの２社のみ。しかも１７８２年からのスタートとなり、1764年から1781年までは全く空白となっている。この空白を見ると、ヴィーンは、出版で遅れをとっていたかが、良く良く分かる。
（その７）
　生前の１７９０年までに７９曲が出版された。一方、生前に出版されていなかった真作シンフォニーは、15 曲で以下の通り。
1,4,7,12,16,18,19,21,26,27,36,37,40,50,107
一方、それ以外についても、５曲は１社のみから、弦楽四重奏稿で刊行されたにとどまる。第40番までの作品の印刷楽譜の多くは、1769年から７５年までに、ヨーロッパ北西部で、もしかしたら一時的に、筆写譜と殆ど同じようなレヴェルで、一時的にひろまっただけのものもあるらしい。　もっとも４１番以降のものは、数社以上で出版が多くなり、出版数も複数が大半となった。
（その８）
　初版の数からの人気曲をピックアップしてみると、初期、中期の中で、当時の人気の曲が分かる。これによると、5社から出版されたのが、NO.20と40になる。偶然の一致から、どちらも、C調で４楽章の構成。私の視聴記録でもランクが偶然にも高い。また、この２つに共通しているのは、比較的、分かりやすい点を持ちながらも意外な魅力がある点。
　一方、NO.53「帝国」は昔から人気のあった曲らしいが、93年までは、４社にとどまる。この少し前に作曲されたNo.５４－５７は自筆楽譜が残っており、１７７４年の作曲年代が確定している。これらの初版は、77-81の頃１から３社で出版された。No.53の81-82年と大差がない。こうしてみると、ハイドンの人気は、少なくとも、93年のロンドン渡英までは、パリでは人気だったのは、分かるが、初期、中期の交響曲は、まだ、それほど、人気がなかった可能性がある。
（その９）
　印刷された楽譜＝当時の人気　の公式が成り立つのは、短絡的な可能性があるかもしれない。しかしながら、当時は、楽器は当時で庶民は、音楽に接する機会が余りなかった。せいぜい、１８世紀まではオーストリアなどの諸侯のキリスト教による公国の集合体では、音楽は支配の道具の一つであった。（音楽史　その９を参照）　それが、当時は、少しずつ、宮廷音楽が崩壊し始め、市民階級が台頭しつつある時代ではあった。しかし、その数は少なく、印刷楽譜でさえとても高価であった。市民でさえ、音楽を楽しむには、ハイドンのような、新作のシンフォニーなどの曲を取り入れる手段は、印刷楽譜しかない。しかし、高価な印刷楽譜であれば、新作を知る、ましてや、新作を楽器で演奏するなり、聴くことは、とても制限があった。このため、印刷楽譜の数と当時の人気はある程度、相関関係が成り立つと思う。
（その１０）
　しかしながら、ここで注意する点がある。当時、演奏されていた音楽は、楽譜にない音楽もあった。「ハイドンは飲み屋でどんな音楽を聴いていたか？」にも関わるが、これらは、印刷楽譜として残っていない。印刷楽譜に残っていなくても、当時は音楽が他にもあったと可能性があるが、現代では、まだ、分かっていない点が多いだろう。
　当時の出版社は、フランスでは中小規模が地方都市単位で立ち上がり、ハイドンの交響曲が少しずつ広がっていった。しかし、地元ヴィーンを含むオーストリアでは、まだ、出版社がまだなかった。かといって、海外から、逆に、ヴィーンやハイドンのいるアイゼンシュタットに印刷された楽譜が入って来たか？
（その１１）
　　これも、当時は、余り国外からの輸入はなかったと私は推定する。まず、当時の物流を考えると、現代よりもはるかに、発達していない。食物でさえ、自給自足が大半であっただろう。貴族クラスのかなり裕福な人は、楽譜を国外から手配ができたかもしれない。しかし、このような人たちは、手書の楽譜を持つことがステイタシーであり、印刷楽譜には、興味を余り持たなかった可能性がある。やや裕福な市民でも、高い印刷楽譜は買いにくい。物流コストが高いバロメーターとして、旅による移動が当時は、いかに高価であったか？　当時の庶民はもちろん、限られた地域で生まれ、その土地で死ぬ。旅とは縁のほど遠いものであった。裕福な階層でも　反音楽史　その５で記載したが、レオポルト　モーツァルト　親子でさえ、１日９グルデンの支出であった。
　となると、音楽史２　その４でも触れたが、少なくとも、ヴィーンを含むオーストリアでは、シンフォニーに関してはの人気は、1793年までは、殆どなかったと推定できる。

音楽史の中のハイドン　28.プライトコップから見る当時の人気作曲家その103－106
２９．プライトコップから見る当時の人気作曲家
　（その１０３）プライトコップがハイドンの作品を初めて出版したのは、種々の作曲家の作品を集めて1774年に出版された６巻からなるクラヴィーアソナタと声のための小品集であった。そのとき、彼のシンフォニー第28番の第2、3楽章と、第3番の第２楽章がクラヴィーア用に編曲されて印刷された。それに続いて1787年に「チェンバロのための６曲のメヌエット　hob－Ⅳ：9a）が出版されたと記録があるが、その実物は今日確認されていない。
　プライトコップがハイドン自身と直接コンタクトを取って、楽譜の出版にこぎつけたのは、1789年のことであった。それは、クラヴィーアソナタ第48番（hob-No　４８）で、しかし、このときも種々の作曲家を全体に収めた「音楽の寄せ集めポプリ」　曲集の第１巻の第１曲を飾るものとしてであった。同じ巻に、シンフォニーNo.７９　第３楽章なしで、またもや鍵盤楽器用に編曲されて載っている。
　（その１０４）１７９０年代になると、ハイドンの作品が全ヨーロッパ的な規模で出版される。それに引き換え、プライトコップ社は、遅れととっていた。その原因は、ライプツィヒという町が、商業都市として発展していたが、大都市ヴィーンほど、音楽の担い手がいなかったこと。地方の小都市だったために、大量印刷楽譜の販路が確保できなかったなどがある。また、当時は可動細分活字印刷を採用していた。彫版印刷に対して、遅れを取っていた。
　しかしながら同業の輩に助力を求めるために、１７９５年にゴッドフリート・クリストフ・ヘルテル（１７６３-１８２７）に助力を求めた。彼は当時、書籍出版行を営むパウムグルナーのところで働いていたが白羽の矢が立てられた。ヘルテルの再起あふれる打開策はいくつか特筆があるが、そりわけ歴史的にも重要な意味をもったものが、まとめて曲集の形で出版するアイデアであった。各出版社から別々に慣行されているものを「ウーヴル・コンプレート（作曲家全集）を刊行した。今日の作品全集とは異なるが、一人の作曲家が生涯に書いた全ての作品を収めたものでなく、「選集」に近いものではある。しかし一人の作品をまとめて系統的に出版する事業はこの時代に始まった。
（その１０５）全集の予約をすれば、何年か内に、その有名作曲家の一通りの作品がそろうという仕掛けになっていた。彼がまず１７９８年に手がけたのは、死後、にわかに熱烈な再認識の気運が高まりつつあったモーツァルトの作品全集であった。その内容は、ピアノソナタ、変奏曲、連弾等による多岐に及ぶはずであった。しかしその一部が実際に刊行されたものの、１８０８年を最後に計画倒れに及ぶ。
　そてに対してモーツァルト作品全集より１年遅れた１７９９年に、殆ど並行して刊行されたハイドン作品全集の場合は、目的はもっとはっきりしていた。この全集には、ピアノの絡んだ作品以外は含まれず、１８０６年にいたる全１２巻は、ピアノのためのソナタその他の種々の作品の他には、ピアノ三重奏と歌曲を含めているだけである。ハイドン全集は、作曲者が存命中の押しも押されぬ大家であったこともあり、注目された。さらに、作曲家自身が序文を寄せている。「寄る年波と私の仕事が許すなら、私は、新しい仕事によってこの曲集を読者に、もっとよいものにするという編集者たちの願いをかなえましょう」と記述している。
（その１０６）　この序文は、ヘルテルが起草したものであって、ハイドンは署名していただけと思われいる。実際、ハイドンとは無縁の編曲版や偽作まで含まれているので、ハイドンの署名は儀礼的であったものと思われる。モーツァルトを含めてハイドンの２つの全集は、今日、私たちが作曲家作品全集に求めるような科学的な考証を経た、信頼できる楽譜ではなかった、そのときの流通している形で拾い集めたものであった。しかししそれでも当時の人々にとっては、個々、別々にしか手に入れることができなかった人気ある大家の作品が、系統的に入手できるというのは、画期的なことであった。これらモーツァルトとハイドンの２人が、当時、既に、最も人気のあった作曲家であったことが分かる。

音楽史の中のハイドン　27 彫版印刷でのパンチその96-98

２７．彫版印刷でのパンチ
（その９６）　ひとつ前のその95で、楽譜出版社の乗り出す方法は３つあり、その内、最初の一つは美術商と記載をしていた。美術商が関わっている要因は、前にも記載したかもしれないが、改めて少し触れてみる。当時の一般の書物は活字印刷であったが、楽譜では、微妙な線までを行うことはできなかった。これに対して、彫版印刷（凹版　おうはん）印刷や、微妙な線を描く必要がある。美術商は、元々、絵画の商品カタログを作成する人たちであった。彼らは、やわらかい金属に針状のもので傷をつけ、薬品に浸して、彫られた部分を腐食させ、そんこにインクを流し込むエッチング技法に長けていた。版の金属は柔らかいといっても、何千回もの印刷に耐えられる能力はなかった。その金属板には、最初は、銅が使用された。銅は、ある程度の繰り返しの印刷に耐えられた。しかし、高価であった。また、別な角度からみれば、販路をもたない振興出版社にとって発行部数を上げて、経費を回収しなければならないことは重荷であったので、柔らかく、彫りやすいが、発行部数には限度がある。鉛あるいは銅と鉛の合金「しろめ」を金属板として用いるようになった。
（その９７）それに続いて、第2番目系統の写譜屋が受け持つ例が、ヨハン・トレーク（1747-1805）である。彼が写譜屋を設立するのは、1782年で、楽譜印刷に乗り出すのは1794年であった。印刷楽譜に乗り出しても、筆写楽譜の販売も平行して続けていた。また外国からの楽譜の取次ぎ店として、とりわけ、ライプツィヒのプライトコップの代理店として重要な役割を果たしている。
　第3番目の作曲家自らが、彫版印刷に乗り出す例は、フランツ・アントン・ホフマイスター（1754-1805）とレオポルト・コジュルー（1747-1818）が上げられる。2人とも、同じ年1784年にいずれも自作を中心とした楽譜出版活動を開始する。ことにモーツァルトと親交があったホフマイスターは、彼から原稿を直接、手に入れて、モーツァルト楽譜の数々の初版を行っている。彼は、初めは書籍印刷家であり、楽譜出版を手がけていたグレッファーと組んでいたが1788年に独立した。一時はリンツに支店を設けてかなり手広くやっていた。しかし1791年に、向こう3年間で自作のシンフォニーを72曲提供するという、誇大な出版計画を予約で募ったことが災いし、結局この大風呂敷を実現できず、廃業に追い込まれた。こうして彼は、また、1795年に版権の大半をアルタリアに譲渡した。
　その後、作曲活動に専念し、1798年にロンドン演奏旅行を企てる。しかし旅の途中に立ち寄ったライプツッヒで、再び、楽譜出版業に首を突っ込む。オルガニストのキューネルとビューロ・ド・ムジーク（音楽事業所）という名の出版社であり、プライトコップ・ウント・ヘルテル者に対し校して、目覚しい企画を出して行く。後のベータース社につながる。
（その９８）楽譜の文化史に記載されているこの当たりの点について、分かりやすい資料がないか、少し検索をしてみた。下記のサイトの中の最後のページに、アルタリア、トレーク当たりの時代別に推移していた結果がまとめてある。この資料自体は、メインは、19世紀に入って、ベートーヴェンの出版関係が中心であるがアルタリア、トレーク、ホフマイスターなどの3者の出版社を含む、関係が良く分かる。この流れは、ヴィーンからホフマイスターが1801年にライプツィヒに支社を設立した点は、メインにはなっていない。また、ライプツィヒのプライトコップも掲載されていない。逆に、ベートーヴェンが作曲したディアッベッリ変奏曲の出版社などが掲載されていて、興味深い。
ベートーヴェン初期印刷楽譜におけるプレートの混在
ー彫版道具についての一考察ー　長谷川　由美子
http://www.ri.kunitachi.ac.jp/lvb/rep/hasegawa02.pdf
　また楽譜印刷に関して、冒頭の部分で、「彫版楽譜とは」の部分で、パンチの図が掲載されている。ト音記号のパンチのサイズは、長さは約7.5ｃｍから9ｃｍ、四角い軸の一辺は7.5ｍｍから10ｍｍ弱。指をあてて、先端をハンマーで打ってプレートを刻み付けていた図があるのは興味深い。彫版師たちの個人情報は、例外的な何人かを除き、ほとんど全く記録されていない。しかしタイトルページに製作する彫版師と、楽譜本体を作り人々は、たぶん同一人物でない。前者は、彼らの美的間隔に従って、硬いプレートに直接彫り込んでいくデザイナーで、後者は、一定の規則に基づいてプレートに様々なパンチは、その他の補助道具を使って楽譜を仕上げていく職人だった。プレートの劣化は、印刷回数が少なくても起こりうる。インクをつけた後で、プレートを乾かすためにふき取ったり、印刷の後に汚れを取ることに原因がある。著者の調査の範囲内だが、１本のパンチが磨耗によって不可能になると、活字にように鋳造されたコピーのパンチを使用せず、その都度、新しいパンチが使用された。また、パンチの使用期限は、30年にも満たないとされている。

音楽史の中のハイドン　26．アルタリア社のライバルその90-91
２６．アルタリア社のライバル
（その９０）　オペラ時代から、ハイドンの作風が変わって来た点に関連して。大崎滋生氏の一連の著作の中とは、やや別立てで、交響曲のライナーノーツにも記述がある。
　以下のブログの中からの引用で、交響曲No.73に関連して、大崎氏のこの交響曲の特徴について記載があった。元々のこのブログは、ハイドンの演奏や作品に関して、私と同じ様な点で共通する点がある。ヘスス・ロペス・コボス盤（DENON）オケはローザンヌ室内オーケストラ、録音は1995年5月。この中のライナーノートからの引用。
http://zauberfloete.at.webry.info/201209/article_11.html
（以下は同上のブログからの大崎滋生氏　ライナーノートからの引用）
この作品は単独で1782年7月にヴィーンのトリチェッラから「作品34」として出版された。1780年代に入って地元ヴィーンでもハイドン楽譜の出版が本格化するが、同年2月にアルタリア社からも出版された音楽史上きわめて有名な「作品33」に直接次いだのが、このシンフォニー出版であった。それまで手書き譜で一部の特権階級のみに知られていたハイドンのシンフォニーが、この出版によってヴィーンの広範な人々の目に初めて触れることになった。しかしそのことは、シンフォニー作曲家としてのハイドンという観点からすれば、ひとつの危機の裏返しであった。というのは、エステルハージ宮廷でのシンフォニー演奏の必要度は数年前までに比べると著しく低下しており、エンターテインメントの中心は劇場に移って、廷臣としてのハイドンの職務は音楽監督の色彩が強くなっていた。かといってシンフォニック・コンサートの機会がまだ完全に消滅したわけではなく、彼はときにシンフォニーの創作にも向かった。
こうした事情は1780年前後のシンフォニーのあり方に如実に反映されており、すなわち、同時期のオペラや人形劇のために書いた音楽の一部を転用していシンフォニーが成り立っていることも多い。
（中略）
このように当時の視点で眺めてみると、この作品は、1780年代初めにおける、ハイドンなる音楽家のさまざまな側面の標本のような趣があり、もしかしたらこれは、ヴィーンで評判になり始めたハイドンが音楽愛好市民に対してシンフォニストとしての名刺代わりに書き送った作品であったかのように見える。
（引用終わり）
　No.73の作曲年代は、1781年。このライナーノートは、今まで、私なりに作風が変わった経緯が凝縮されていると思う。

（その９１）ここで触れられたトリチェッラ社は、アルタリア社での、当時の最大のライバルであったらしい。１７８０年代は楽譜出版社の開花期であった。旧来からの楽譜印刷出版活動は、１７８０年代は、増大するどころか、むしろ減少する傾向さえあった。引き続き楽譜出版を主に手がけたところは、クルツベックやシェーンフェルトらだったが、いずれにしえも出版点数は少なかった。代わって登場した楽手出版社は、従来とは、全く代わって3つのタイプが登場した。第1のタイプはアルタリアに代表される美術商の進出。第２は、写譜業者が生産方式をけること。第３は、作曲家自らが、彫版印刷に乗り出す場合である。第1点めのトリチェッラ社は、アルタリア社の当時の最大のライバルであった。創始者はクリストフ・トリチェック（１７１５頃ー１７９８）である。彼は、派rいからやってきたユベルティと組んで、初めはユベルティがせいさんした楽譜の販売店として、１７８１年校はトリチェッラの名前で、楽譜出版業に乗り出す。
　この会社は、少なくとも１７８４年の暮れまで、アルタリア社のライバルで好調な成績を上げていた。一部の作曲家を集中的に扱うのではなく、４３人もの作曲家に及んだ。最多のハイドンでも７点に過ぎない。この点で、アルタリア社とは対照的であたｔ。売れ筋を見極めなかったことが原因であろうか。しかも採算を度外視して、タイトルページを豪華に飾りすぎたことも、市場判断を誤った結果らしい。こうして、アルタリア社に次第に遅れをとった。さらにトリッチュッラ自身も高齢になったことも手伝って、店じまいをせなくなる。１７８６年８月１２日に競売に出された彼の原版は、全て、商売仇のアルタリア社に渡った。その後、彼は相棒ともども、貧窮の内に晩年を送ることとなった。

２５．アルタリア社でのハイドン作品の出版
（その８６）初期の頃から中期ぐらいまでは、演奏規模も比較的小さく、演奏者に技巧的な要素が見られた。この項目の９「野球の監督として、ハイドンをたとえてみたら」の部分で、この要因として音楽愛好家や一般市民への分かりやすさを重視し始めたのではないか？　と自分なりに記載をした。音楽を広めていくには、当時は録音の機械は、殆どないも同然なので、楽譜による伝達しか手段がない。短い曲なり、ポピュラーな曲なら、口伝えなりで、広まる可能性もあろう。しかし、おそらく、これらの類は、音楽というより、たとえが悪いかもしれないが、当時の庶民なりの間で、歌い継がれていた民謡や飲み屋での音楽だったかもしれない。大崎著の「音楽演奏の社会史」の中で、宮廷以外での音楽は、どの様なものであったのか?　ハイドンは飲み屋で、どの様な音楽を聴いていたのか?　などについて触れらている。しかし、同著の中では、この当時の音楽が分からないと記述されている。音楽研究者に長けた著者でさえ、１８世紀当時の一般の人たちが聞いていた音楽は、分からないとされている。

（その８６）　このため、我々が当時の音楽を聴く、手がかりとなると、やはり楽譜になってしまう。楽譜は、１８世紀の末頃までは、手書の筆写譜が多く、庶民にはとても効果であった。また、印刷された出版物であっても、筆写譜ほどではなかったが、それでも職人が数日間、飲まず食わずで働いて、何とかその一部が入手できるほど高価なものであった。
　楽譜は当時の音源を知る上で、大切な要素であると思うが、当時の演奏を完全に再現することは難しい面がある。ザスラウ　「モーツァルトのシンフォニー」の演奏実践の章の冒頭でも、「当時の演奏を完璧には再現できないかもしれない」と記載されている。しかし、近似的には可能であることに言及している。ただし、自筆楽譜といえども、（その５７)で記載したように、他の作曲者を書き写した例もまれにあり、精査は必要となる。また、印刷楽譜は、さらに精査が必要で他人の作品にすり替えられることもある。（偽作に通じる）　この様な状況を踏まえてみると、ハイドンの音楽が広まっていく原因として、音楽の伝播による筆写譜から印刷楽譜の普及は欠かせない。

　（その８７）ハイドンの交響曲の最初の印刷楽譜は、フランスにて、1764年　　シュヴァルディエールが６曲の弦楽四重奏曲集　いわゆる　作品１が出版された。このわずか後に同年シンフォニーが１曲、　hob-No.-2が出版された。これらは無論、作曲者は知るはずもなく、海賊版であった。
　その４３の部分で、作曲者自身の最初の自作出版となったのは、１７７４年であった。その後、１７８０年ー９０年の足掛け１１年間の間に、ハイドンが目を通したもの、または預かりしれないものを取り混ぜて、アルタリア社から約６０点が出版された。１７９０年のハイドンがロンドンへ発つのをきっかけに、アルタリア社と、ハイドンの関係は疎遠になっていく。その後は、ロンドンの出版社と関係が深まっていく。この間に交響曲がどの様な位置づけになったのかを、概観するには、年表としてみると分かりやすい。以下は　別ページのファイルにて開く。（以前に作成したファイルに出版関係の列を右側に追加したもの）
　haydonsub20-1　

（その８８）これらから概観するに、おおむね、オペラ時代の後の頃から、出版社と関わってきたことが、交響曲の作曲順番と比較すると分かる。1774年で作曲者自身が校訂したクラヴィーアソナタは、主君を称えた出版物で、この後に続く君主とは一線を置いたものとは、やや赴きが異なっている。すなわち、楽譜の文化史からによると、この出版された１７７４年前後には、他の出版物は、全くこれ以外にされていない。
　それに対して、自作の出版に関して、例外的でなくなるのが、1780年代に入った、アルタリア社と深い関係からを例に上げている。アルタリア社はヴィーンの当時の出版社として中心的な役割を演じていた。１７００年から１７７８年までのアルタリア社の出版数は、わずか７８点であった。それに対して１７８０年以降は、ハイドンとの関係によって躍進する。約10年余りの間に約60点、出版されるが、ハイドンの他社の出版と比べると、その数の伸びは著しい。
　アルタリア社では、ハイドンとの書簡が、かなり残っており、作曲家と出版社とのやり取りが当時、どの様にされたが汲み取れる。ちなみに、ハイドンの現存する手紙は、約90通とされている。そのうち2/3がアルタリア社へ宛てたものが現存している。

（その８９）ここで、もう少し、アルタリア社が、当時の作曲家の出版でリードしていたかを調べてみた。１７８０年は、ハイドンの楽譜を含んで、まだ、5-6点の出版数であった。モーツァルトの作品を出版するようになって1781年から85年の５年間は、あわせて60点余りの数となる。その内、半数近くがハイドンとモーツァルトの作品によって占められる。年間の出版点数が飛躍的に増大するその後の５年間（１７８６－１７９０）をとってみると、最大の人気作曲家は、次のようになっていた。
・イグナーツ・プレイレル　６９点
・ハイドン　４４点
・モーツァルト　２８点
　これら３人を合わせた点数は、その期間出版総数約260点の半分近くを軽く越えている。イグナーツ・プレイレルは、彗星のように現れた人気作曲家となった。これに続くのが、ヴァンハル１２点、クレメンティ　12点になっている。彼ら３名の作曲家の絶対的な優位が分かる。
　これら、出版社側からみれば、彼らの作品は、積極的に取り上げられることによって、事業を軌道にのせることに成功した。社会的にみれば、彼らの作品がそれだけ、求められた訳でもある。アルタリア社のこの時期の成功は、その様な需要に巧みに対応できたことに起因する。

音楽史の中のハイドン　24．弦楽器の発展とホモフォニックその83-85
２４．弦楽器の発展とホモフォニック
　（その８３）１８世紀の中頃までに、シンフォニーの編成は弦楽器と通奏低音楽器（通常はチェンバロ、ときにオルガンやギター）に、ホルン、２本とオーボエ２本を加えることが標準になる。その祭に、ホルン２本は、和音の補強、オーボエはそれぞれが第1、第2ヴァイオリンを同じ旋律を演奏し、ヴァイオリンの旋律の補強としての役割が与えられた。しかし、交響曲の生涯からの記述によると、この原因の一つには、弦楽器の改良が起因をしている。
　１８世紀の前半頃までは、ホルンはむしろ、旋律楽器でであった。バッハの作品がその典型である。それがシンフォニーで、なぜ和音補強楽器になったのか？　バッハなどのバロック的な音楽と比べると、シンフォニーは、時代の先端をいくジャンルであった。そしてもっとも明確な特徴が、ホームページもホモフォニックな様式であった。ホモフォニックな音楽の中では、ホルンなどの金管楽器は、充分な音量という利点に助けられて、ハーモニーを明確にするために、主和音や属和音を奏でることが主な役割になった。
（その８４）
　また最上声部の旋律、主としてヴァイオリンの補強は、和音に支えて旋律を旋律を奏でるという音楽様式を反映している。17世紀まで、弦楽器は大きく２つの種族に分類されていた。それまで主流だったヴィオラ・ダ・ガンバ属と振興勢力のヴァイオリン族の２つがあった。両者の違いは、主として、前者は気品があり、繊細だが、音量は少ない。それに対して後者は音量が大きく、表現力も備えているが、繊細さには欠けていた。
　しかしそれ以上に、重要な違いがあった。ヴァイオリン属の４種の楽器は、それぞれの大きさは調弦が、規格化、統一化された。同じ音質の響きを作り出すことができた。アンサンブルの場合、ヴァイオリン属の方が、ホモフォニックの様式の音楽にあっていた。その背景に器楽合奏の発展、特に、管楽器中心のアンサンブルから弦楽器中心へのアンサンブルに変化をした。大聴衆をあいてとするコンサートの発展などもあり、弦楽器の変化も、シンフォニーの発展にもつながった。
　（その８５）オーボエがヴァイオリンの音量の補強であったのは、交響曲の生涯でも何例か触れられている。ハイドンの交響曲では、第2楽章は、第1、３楽章よるも音量が少ない分、オーボエが登場しない。また、初期の頃では、オーボエの代わりにフルートが持ち替えられて使用された。１７６０年代から７０年代の楽譜では、オーボエの声部にしばしば「soli　イタリア語でsoloの複数形」の指示がある。（ハイドンでは初期の3,5,6、35,68など）オーボエ奏者は２人であり、１つの旋律しか書かれていなくて、この様な指示がある。この背景には、ヴァイオリンがこのときは、休むか、あるいは、別な旋律を演奏していることが多い。　それに対して、soli以外の箇所は、オーボエは、ヴァイオリンを同じ旋律で演奏している。オーボエは、ヴァイオリンと同じ旋律を演奏するという背景があったから、この「soli」の指示がなされた証である。

音楽史の中のハイドン　23．指揮者の存在とその解釈その80-82
２３．指揮者の存在とその解釈
（その８０）　その７９で、演奏解釈について、記載をしたが、根底には、指揮棒を持った指揮者により影響される。指揮棒を持った現代の指揮者の仕事、ー我々はその評価する方法ーは、リハーサルやコンサートでニュアンス、強弱、バランス、拍ごとのテンポをコントロールすることに焦点を置いている証と考えられた。形と流れを維持しながらも、音楽を表現豊かに、伸び縮みさせる柔軟性あるテンポが、優れた指揮者と考えられることがある。これに対して、単に拍子をとるだけの指揮者は、無能を見なされた。遅いことはいいことだがといわんばかりでも、極度に音楽で音楽が崩れないように維持する能力も、偉大さの印と見なされた。リヒャルト・ワーグナーがこの様な方法をとった最初の指揮者であった。
（その８１）ワーグナーがこのような方法をとった最初の指揮者であったこと、あるいは、おそらく彼の名声がこの新しい方法に「ハク」を付けたことの証拠が存在する。ワーグナーの革新性は、彼と同世代の音楽にテンポの自由を通用したことではなく、ベートーヴェンにシンフォニーまでさかのぼって、この方法を適応したことにある。
　ひとたび、ベートーヴェンのシンフォニーに対するオーケストラの解釈様式が確立されると、この方法が、モーツァルト、ハイドン、シューベルトのシンフォニーにも拡大されるのは、自然の成り行きであった。ワーグナーは、テンポが一様で、シンメトリー楽節構造を持つ舞曲や行進曲が主流になっていった音楽を嫌悪し、古典を彼自身のイメージで解釈し直した。
　
（その８２）　一方、１８世紀は、ワーグナーの様な伝統はなかったばかりでなく、あるはずもなかった。なぜなら、そのための必要な、類のリーダーシップ、今だに存在しなかった。指揮棒を振る拍子取りは存在した。その役目は、大きな教会で、オーケストラ、合唱団、オルガン奏者をうまく協調させるために、必要だった。一方、指揮をすることは、当時、コンサートマスターが通奏低音奏者が、リーダーシップをとる方法であった。このため、現代的なオーケストラ音楽の演奏で、我々が考えている進行型の造詣や個人的な解釈が入る余地がない。当時の１回のみのリハーサルでは、現代の様な演奏を生み出すことは、現実的問題として不可能であった。

２２．リハーサルと演奏水準
（その７７）　その63のリピエーノ奏者の部分で、初見演奏について記載をした。これがオーケストラの演奏水準にも関わってくる。その６１では、レーオポルトが、リピエーノ奏者の初見での演奏の必要性を唱えていた。当時のオーケストラは、２つ以上の楽器を演奏する奏者が一定数いた。技術的に、多数の演奏家を作り出す音楽大学は無論なかった。アマチュア、宮廷音楽家、音楽以外で生計を立てている人々も含まれていた。一方、現代の音楽といえでも、完全にピッチのあった、完全に一体となった演奏を常に行っていないケースも、我々は知っている。こうした事実を我々が認めようとしないのは、演奏水準を自分たちに、都合よく設定しているからだ。
　　１８世紀当時のオーケストラは、一つの様式（自分の時代の様式）だけで演奏していた。通常、同じ仲間と一緒に、同じリーダーのもとで、毎日のように来る年も来る年も、演奏していた。音楽的要求はともかくとして、オーケストラのパートには、後のオーケストラ音楽に要求されるほどの技術は求められなかった。　それでも当時の演奏水準は、我々の時代と同じか、ときには、もっと高かったと思われるふしがある。

（その７６）　ハイドン自身の手紙や日記の書き込みからによると、ロンドン演奏会において、リハーサルは、少なくとも１回は実施して欲しいあるいは、リハーサルの有無に関しての記録が残っている。この部分は交響曲の生涯　にも触れられている。

１番目の例・・　3曲の90～92番のシンフォニーでは、多くの独特な音楽的効果がある。それゆえ、少なくとも１回は注意深く、特別な集中力でもって、リハーサルをすべきであることを貴地王侯の楽長にお伝えいただきたく、謹んでお願い申し上げます。（１７８９年１０月１７日の手紙）
２番目の例・・95～96番のリハーサルを丁重にしてほしい。というのも、これらの曲は、非常にきめ細かく、作曲されている。ニ長調（96)シンフォニーの最終楽章が特にそうなのです。この楽章については、できる限り柔らかなピアノで、非常に速いテンポで演奏することをお薦めいたします。（１７９１年１１月１７日の手紙）
３番目の例・・１７９５年３月３０日、私（ハイドン)は、アーノルト博士とその友人たちから、フリーメイソン(原文のまま）ホールでの、大コンサートに招かれた。私の大シンフォニーの一つが、私の指揮で演奏さることになっていたが、どのようなリハーサルも行いたくないということだった。このため、共演を断り参上しなかった。・・・・オーケストラの優れたヴァイオリン奏者は・・・全てを初見で演奏しなければならない・・・初見の上手な独奏者は少ししかいない。（１７９５年３月３０日の日記）
　
（その７７）エステルハージ楽団だけの演奏なら、このようなリハーサルを少なくとも１回はして欲しい記録は残っていないと思われる。すなわち、ハイドン自身が侯爵の下で、お抱えの楽団として存在していたが、ほぼ、同じ様なパターンで演奏されたであろう。楽団のメンバーは、ほぼ一定でハイドンの交響曲や、オペラ等のレパートリーが中心であった。　演奏水準も、かなり高かったと思われる。このためかヴィーン音楽家協会での演奏会で、手兵の楽団を連れて1795年にオラトリオ　トビアの帰還を披露をした。(反音楽史　その１５を参照）

（その７８）それに対して、現代は、大半は現代の楽器で学ぶ。現代の演奏技術によって、古い楽器の真似をしようとしても、満足な結果が得られにくい。それは、何年もかけてようやく学んだ演奏技術を忘れて、新しい演奏技術を習得するためにもよる。また、現代楽器は、鋭いアタック、もしくは立ち上がりのよい音が出るように製作されている。古楽器は、音が分離するように製作され、レガートは特別な意味がなければ（しかし重要な）効果として取り扱われる。それに対して、真のスッタカートは、現代楽器では努力して初めて生まれる。古楽器は、殆どスッタカート音で演奏し、ヴィヴラートと特別な効果としている。現代楽器は主として、ヴィヴラートを継続的に使用される。ストレートな音は、規格外の音とされる。古楽器は、はっきり区別のつく音楽を重んじる。それに対して現代楽器は、ブレンドした音色が期待される。
　カラヤンの多くのレコーディングをプロデュースを担当したある人物は、オーケストラの演奏で、次の様に論じている。
「カラヤンサウンドは、微妙に磨き上げる。美しくない音はどこにもなく、すばらしい輝かしさがある。アタックの雑音を出さずに、フォルシィモを演奏した。・・・　我々は一緒に仕事をしたが、その前提となる理論は、弦がヴィブラートをかけずに、また弓を動かさないままで曲を演奏してはならない。既にヴィブラートを掛けている弦に、すでに動いている弓を触れると、美しく聞き始めることができる。しかし、もし、このどちらかが止まっていて動きに入っていないと、クリック音が出てしまう。カラヤンは、これらすべてのことを計算に入れていた。

（その７９）　現代の演奏会は、概して、演奏にふさわしいテンポを定め、そのテンポを維持する。悪い音程はアンサンブルの乱れといった技術的欠陥は許されない。重要なパートが良く聴こえ、音楽性の劣るパートが主役にならないように、バランス調整にも注意する。全体的な様式ー強弱、音符の長さやアタック、楽器が提示される方法ーをコントロールしなければならない。これらの任務の中には、現代楽器よりも、１８世紀楽器の方が実行できるものもあれば、その逆もある。
　　古楽器によ

音楽史の中のハイドン　２１．演奏時間と反復との関係　その74-76
２１．演奏時間と反復との関係
（その７４）１８世紀の慣行では、楽章の中ほどで反復記号が現れた場合、前半と後半は、どちらも反復された。楽章の最初、もしくは最後に記号がさらに置かれる必要はなかった。モーツァルトとその同時代人がシンフォニーを演奏するとき、この反復をすっ飛ばしたことを示唆する証拠は微塵もないとされている。（ザスラウのモーツァルトのシンフォニーより）これらの反復は、テンポや拍子、強弱、ピッチ、リズムに劣らず重要な、作曲家の指示の一部である。反復を省略することは、聴衆から、その楽章の楽想や構造を理解し反応する機会を奪うことになる。また、それは、作品の偉大さを誤って伝えることでもある。
　なぜなら、１８世紀のシンフォニーは、反復が守らなければ、１０分か１２分の間奏曲である。しかし反復が守られると、ベートーヴェンにも匹敵するスケールの作品へと変貌する。
（その７６）メヌエットのダ・カーポは、反復に関して、独特な問題がある。２０世紀の演奏家の間で広く語り伝えているところでは、これらの反復は、決して守られていなかった。しかし最近の研究では、時代錯誤の誤りであったことを示唆している。１８世紀の舞曲音楽における　反復の実践は、必ずしも画一的なものでなかった。舞踏会場やダンスの舞台では、振り付けに従うために、何回も反復されることが多かった。
　一方、コンサート会場では、別な制約に従っていた。レーオポルトが息子に宛てた手紙の中で、ある名前のあげられていない作品を、ことごとく、反復なしで演奏し、メヌエットとトリオを１回だけしか演奏しなかったことを激しく非難している。
　メヌエットの繰り返しも、曲の冒頭セクションを変化なしに、反復させることが慣行であった。この確証できる証拠の一端が、ハイドン交響曲　97番に見出せる。ハイドンはこのメヌエットの各セクションの反復部分(すなわち繰り返しで２回ある場合、２回目の部分？）で、装飾音を付けたいと考えた。それらの反復部を全て、楽譜へ書き出した。ハイドンがメヌエットを反復しなかったということは、ダ・カーポでも反復を守って演奏することを、ロンドンのオーケストラに期待していたことを意味するに違いない。

音楽史の中のハイドン　20.ロンドンでの演奏奏者の規模　その73-7537
２０．ロンドンでの演奏奏者の規模
（その７３）ザスラウの著では、ヴィーンを含むヨーロッパの各都市での楽団の人数が掲載されている。ハイドンの交響曲がロンドンで演奏されたが、ここでは、表１よりもさらに人数が増える。中野著　ハイドン復活によると、当時の音楽新聞の報告によれば、内訳が判明している。　１７９１－９２年のコンサートでは、ハノーヴァで、階段状の配置が組まれた。井上著　「ハイドン１０６交響曲を聴く」にも掲載がされている。この配置は、形を変えながらも１９世紀の大部分を通じて、当地オーケストラ　コンサートで使用された。
　この配置が目に見える形で示しているのは、ファゴット、チェロ、コントラバスを鍵盤楽器近くの中央に置く古い配置を改めて、外側に分散させている。これによりバッソが解体された。ハイドンのこの配置は、円形劇場風と記載がされていたので、半円形状と推定している。
　２つのヴァイオリンは、左右に分けて配置された。主要な旋律を受け持つパート(声やヴァイオリン)や音の小さい楽器（フルート、ヴィオラ）を前方に、音の大きい楽器（金管楽器、ティンパニ)を後方に配置している。（フルートとティンパニを離している）
（その７４）　会場となったハノーヴァの正式名称は、ハノーヴァ・スクエア・ルームズであった。この名称は、この建物がロンドンのハノーヴァ通りの角、スクェアーに位置した。ルームズと複数の名称になっているように、このビルは４階建てで、演奏会や集会で用いられる大ホールと数々の事務所と喫茶室からなっている。大ホールのこけら落としの演奏会が行われたのは、ハイドンがロンドンを訪れる１６年前の１７７５年であった。当時のロンドンで活発な演奏活動をしていた、クリスティアン・バッハと興行師ジョン・ガリーニ卿に協力して建てたビルであった。
　大ホールは、長さ約２４ｍ、幅約１０ｍの長方形で、当時のドイツの音楽新聞の報告によれば、観客の定員は８００人。単純計算だと、一人あたりの面積は、2400　m／800人　　→0.3ｍｍ2（わずか10ｃｍ＊30ｃｍしかない。当然、観客は立っていたと推定される。定員８００人に対して、１７９２年のザロモン演奏会では、倍近くの１５００人が入場したという記録がある。当時の公開演奏会の規模が分かるとともに、その人気が高かった。１９００年に取り壊しとなり、現在は、空き地になっているようだ。（ヨーロッパ各駅列車で行く　ハイドンの旅を読んで　その１４を参照）

永田音響設計News 94-8号（通巻80号）
発行：1994年8月10日 (下記のアドレス）　に記事によると、２箇所（ハノーヴァとキングシアターホール）の面積や残響時間等のデータが記載されている。
http://www.nagata.co.jp/news/news9408.htm

（その７５）これによると、前者の面積は、室面積が1875ｍｍ2　で、残響時間が0.96秒。フォーサイスによれば、前者のハノーヴァー・スクエアは中音域の残響時間が1 秒に足らず、かなりドライな音響だったという。これに対し後者のキングス・シアターは、残響時間も長くなっている。(1.55秒）音響学者のJ.マイヤーは、ハイドンがこうした音響効果を考慮に入れ、個々の楽器に強弱記号をつけつつ、曲を作っていたとの見解を示している(マイヤー、1978年)。
　一方、前者の座席数は、800名。後者の広さは4550で座席数は433名。一人当たりは、前者と比べると広くなっている。（それでもサントリーホールの1/4程度だが。一人当たりの座席面積からすると、現在と大差はない）

音楽史の中のハイドン　19．当時の楽団の規模の比較その68-71
１９．当時の楽団の規模の比較
（その６８）レーオポルトの生きていた時代は、ちょうど、宮廷音楽が、絶頂期にあたり、安定した職業を得るためには、やはり宮廷の楽長ポストが欠かせない。反音楽史でも、当時のイタリアの作曲家や演奏家が、貴族に雇用され、ドイツ人の雇用が、なかなか進まず昇進も難しかった。
　一方、ハイドンは、１７６１年に、エステルハージ楽団の副楽長に、雇用されるが、ドレースデンの楽長ハッセなどの当時の有名な宮廷楽団の楽長と比較すると、年俸は４００グルデンと、待遇もかなり低かった。しかも、楽士たちのマナーや技術訓練、昼食の音楽の手配など、本来なら、楽長とは、関係のない仕事を当初は、任せられていた。(しかし年代を経るに連れて、オペラの作曲、企画、運営など、現在の音楽監督の様な仕事にシフトをしていったが）　１７６１年から副楽長として赴任した当初は、エステルハージ楽団は、他の宮廷楽団と比較して、それほど、注目されていなかったかもしれない。当時の他の宮廷楽団の知名度などについて、今後の調査の検討課題になろう。
（その６９）　人気の指標の一つとして単純には、比較をするのは危険かもしれないが、サルツブルクの宮廷楽団の奏者数のデータがある。当時の宮廷楽団の予算は、ある程度決まった枠内で運営されたであろう。１７６１年頃といえば、レーオポルトが副楽長として、赴任をしていた時期にも比較的一致する。この当時とエステルハージ楽団の奏者数（この場合、できれば、楽器を演奏する奏者だけでなく、楽団以外の付帯的な仕事に関しても含めるとより一層、判断がしやすいと思われる）を比較をすると良い。　雇用されている、それぞれ個人の給与待遇に、大きな差があれば別な考え方が必要となるが。
　もし個人の待遇の差にそれほど差がなければ、宮廷楽団の規模と間接業務を含めた雇用者数を比較してみると判断ができる。エステルハージ楽団の奏者数は、その６にも触れたが、奏者は、総勢１２－１３名であった。少し時代を経て楽長へ昇進し、オペラ時代になると、この人数がさらに増加する。このあたりのやや詳細な人数は、中野著「ハイドン復活」にも記載がある。
（その７０）　一方、ザスラウ　「モーツァルトのシンフォニー」にモーツァルトの演奏されたときの、パート別の人数が記載されている。ザルツブルクの宮廷楽団の１７６６－７７年、１７７９－８１年の人数が記載されている。これらについて、表1にまとめてみた。

音楽史の中のハイドン　18 作曲家に必要な資質は？その66-67
１８．作曲家に必要な資質は？
（その６６）　当時のシンフォニーは、多作が当たり前であった。その５８でも記載した、ラルーの１６０００曲の交響曲の数も膨大であるが、１９世紀頃になると、交響曲の数が一挙に減少する。その分、作曲家は、量よりも質へシフトして行く。この原因には、様々、考えられるが、交響曲の生涯でも庇護していた貴族の所有していた宮廷楽団の解散、市民の交響曲に関しての意識変化等があげられる。
　ハイドンが生きていた時代は、まだ、量産が当たり前であった。また、同じ頃のL.モーツァルトも多作を称賛していた。ザスラウの著の中でもそれが記載がされている。レーオポルトは、要求にかなう作品と、そうでない作品との違いを誰よりもよく心得ていた。　また、彼は、作曲家が雇い主にとって、有用な人材であり、一定した収入を得ることが保証されるためには、素早く、楽々と、求めに応じて書かなくてはならないことをわきまえていた。というのも、作曲家とは、神のごとき天才ではなく、要求に応えて、作曲する技術をもった職人、例えばよい鬘（かつら）、家具、宝石を作る職人や肖像がの絵描きと同じ様なものと考えられていたからである。（このあたりは、作曲家と歌手との人気や待遇の差にも、現れていると思う）　
（その６７）　ハイドンは１７８５年２月１６日のL.モーツァルト宛の手紙で、「誠実な人間としても、神にかけて申し上げます。あなたのご子息は、私の知る限り、最も偉大な作曲家です。よい趣味とまったく優れた作曲技術をお持ちです。」と称賛している。このあたりは、当時の作曲家が要求された、資質にも関連していると思う。
　L.モーツァルトの優れた生産力の持ち主とするのは、スカルラッティとテレマンである。ここにヘンデル、バッハ、ヴィヴァルディ、ボウモルティエ、ハイドン、フック、その他２０人ほどの１８世紀の多産な作曲家たちを加えることが出来よう。彼が息子のヴォルフガングに「怠けるな、規律を失うな、もっと音楽を書け」と口を酸っぱくして忠告した背景には、こうした多産性を重んじる態度があった。ヴォルフガングは１７７０年から７９年の１０年間の間に、約４０曲ものシンフォニーを書いた。これに対して、１７８２年から９１年の10年間には、たった６曲しか書かなかったが。

音楽史の中のハイドン　17 偽作の原因その57-65
１７．印刷楽譜の歴史　４　偽作の原因
（その５７）　楽譜出版は、音楽家の生活を支えているいるものとして重要になっていく。あるいは、音楽活動そのものとして、重要な分野になっていく。他方では人気にあるものを次々に出すことによって、初めて営利事業として成り立った。従ってよく売れる作品、すなわち有名作曲家の新作が求められ、無責任な作曲者名のすり替えが行われた。
　この出版にかかる偽作問題は、有名作曲家の名前を盗んで無名の作曲家の作品に付してしまう。後世は、それによって大変な悪影響が被る。しかし当時の有名作曲家は、直接的に被害を受けることはなく、、その事実さえ知らないことが多かった。
（その５８）　全ての曲をすり換えるケースもあれば、曲の一部をすり換えるケースもある。楽譜印刷が手間隙かけた大事業であった嗜好品に他ならかった１７世紀は、大規模な曲集の形でまとめて出版されることが普通であった。何１０曲もおさめられたマドリガル曲集や舞曲集などである。その曲数はまちまちであったが、１７世紀末になると、１２曲、まとめる形が多くなった。音楽オランダやイギリスなどは１０曲もあったが、１曲の規模が多くなり、購買層が広がり、廉価にすることが要請された。その場合、１２曲から６曲、さらにその半分の単位がちょうど良いこともあり、１２曲が多かった。作品を販売しようとする作曲家は、そうした慣習を念頭において、同種のものを３曲か６曲まとめて、できれば、そこに可能な限り、ヴァラエティを持たせて、作曲しなければならくなった。その場合、印刷業者の手元に同一人の同一曲集が半端な数量しか届いていない場合もある。それを補うために、似たようなスタイルの作品が何らかの形で選ばれた。
　ハイドンの弦楽四重奏曲　いわゆる作品１は、第５曲と第６曲は、カルロ(カール）・ジュゼッペ（ジョーゼフ）・トエスキのフラウト・トラヴェルソとヴァイロリオン、ヴィオラ、チェロのための四重奏であったのだが、取り違えになった。

（その５９）偽作の原因は、さまざまにある。第1点として、信頼のおける自筆譜も、作曲曲自身が書いたものとは限らず、他人の作品を書き写すこともある。自ら作曲するだけでなく、他人の作品を演奏するために、筆写をすることもあった。そこに写譜者の名前がなくても、その筆跡を知っていた同時代の人、あるいは後世の人が、書き手が作曲者だと思い違いをしてしまうこともある。
　第２点に、有名作曲家がその名前に、その楽譜を書き込んだケースがある。第３点に、作曲者の名前が楽譜やカタログにしばしば姓だけしか記入されていなく、同姓の当時活躍していた作曲家が複数いたケース。ハイドン作品が弟のほうと、兄のどちらかについては、研究の初期段階で混乱していた。当時の、姓名の綴りも不統一がいい加減で、ひとつの姓が記録に数種類、異なって現れることもあった。
　第４点は、職業的作曲家に作品を秘密裏に依頼して、それを書き写して自作として発表し、世間の反応を楽しむ例もある。第５点に、１９世紀以後に、有名作曲家の楽譜が異常な関心を呼び、骨董品のような収集の対象になる。そうなると、筆跡の似た手書きの楽譜は、大作曲家のものとみなされやすくなる。

（その６０）　ニール・ザスラウ　著「モーツァルトのシンフォニー」　磯山　雅、　永田　美穂　共訳　　東京書籍　刊によると、偽作等に関する記述がある。過去にも触れた研究者、アメリカの音楽学者　ヤン・ラルーがまとめた１８世紀のシンフォニーの主題総目録から。ここでは現段階で知られているあらゆる出版譜、手書譜から集められた１６０００曲以上のシンフォニーの冒頭譜例が紹介されている。そのうち７％は作曲者が一人に特定されていなく二人あるいは、それ以上になっている。
　しかし作曲者を誤って記載しているケースもあるはずであるから、その見込みも、きちんと算定する必要がある。その数は７％では、済まなくなる。
　誤った作曲者に帰せられた作品があるとする。それは正しく表記された１０の源泉資料と間違って評価された１つの源泉資料で伝えれているかもしれない。またその反対の可能性もある。このヤン・ラルーの出版は、正しい表記をもつ源泉資料まで踏み込んでいない。このため、７％よりもさらに偽作の割合が高くなる。当時の大作曲家の例でシンフォニーの真偽の内訳が掲載されている。
　それによると、モーツァルトでさえも、９８曲であったものが、ザスラウにより２５曲は偽作。偽作の疑いが２０曲。残りの真作が５７曲で、真作の割合は５８％。ハイドンは、２６６曲の掲載。ホーボーケンにより、再度検討された結果、その内、偽作は１５８曲。偽作らしい作品が１曲。一方、真作は１０６曲で、真作の割合は、４０％となり、モーツァルトよりもさらに割合は低くなる。

（その６１)　ザスラウ　モーツァルトのシンフォニーでは、作曲家の雇用に関して、交響曲の平易性にも言及している。この本では、主にモーツァルトが中心であるが、その背後には、ハイドンの記述も多い。モーツァルト一家は、１７６６年にアムステルダムで、また１７７０年には、ミラノでゲオルグ・アントン・クロイサー（１７４３－１８１０)に会っている。クロイサーはモーツァルトの初期のシンフォニーから一部を借用していた　モーツァルトの手紙からでも、クロイサーについて、述べている。彼は、コンサートマスターのヤコーピ(？－１７７３年没）が死んだ、ちょうどいいときに、マインツへやってきた。耳に聞きやすい彼のシンフォニーは、評判だった。そこですぐにコンサートマスターになり、彼は今は如才なく楽長になるべく、あれこれやっている。
　モーツァルト父子は、クロイサーの成功に我慢できなかったに違いない。彼らはヴォルフガングがクロイサーよりもはるかに優れていることは分かっていた。どうして、クロイサーが、よい地位を得ることができたかの根拠にもなった。
（その６２）　一方、ハイドンのシンフォニーの楽譜は、ヨーロッパの津々浦々で、それもアメリカ大陸で見つかっている。その彼でさえ、自分の作品をアイゼンシュタットやエステルハーザの外へ広めようとするときは、難易度に留意しなければならなかった。たとえば、第７６－７８番のシンフォニーを作曲した際にも垣間見れる。このとき、ハイドンはパリの出版社のボイエル社へ出版の依頼をする。１７８３年７月１５日付けの日付から。「昨年、私は３曲の美しく壮麗な、それでいて、決して長すぎることのないシンフォニーを作曲した。その編成はヴァイオリン２、ヴィオラ、通奏低音、ホルン２、オーボエ２、フルート１、そしてファゴット１もしくは２です。しかしこれらの曲は、とても平易で、それほど妙技を必要としません。・・・これらの３曲のシンフォニーが大変な売れ行きになることを保証します。
　　ハイドンの計算が正しかったことは、彼のシンフォニーが、非常に広範囲に流布していたという事実からも分かる。１７８０年代のシューバルトの見解もそれを裏付ける。それによれば、ハイドンのシンフォニーは「真のシンフォニー様式で作曲され、簡単に演奏でき、あふれでる情熱と創意に富むユーモアを持っているので、ヨーロッパで愛されるのは当然である。」
（その６３）シンフォニーの平易性については、L.モーツァルトも言及している。彼は、名人芸的な技術を少なくとも、自己目的になる限り、あるいは、様々な欠点を覆い隠すために使わる限り、嫌っていた。こうした姿勢はヴォルフガングとの手紙でも見られる。また、彼の著書「ヴァイオリン奏法」の中にも記載されている。名人芸的なものは、段階を踏んで、進歩もろくにしない内に、コンチェルトやソロを手がけ、すぐに、名手の仲間ができると思っている。また他の人々は、いくつかのコンチェルトやソロをきｔんと練習し、どんな難しいパッセージも、まれに見る巧み捌きで弾き飛ばすことまでこぎつけている。こうしたパッセージを彼らは暗記している。
　しかし、彼らは、いざ一対のメヌエットを作曲者の指示で、歌うように演奏する段となると、それができない。同じ現象は、彼らが練習したはずのコンチェルトにおいてさえも見られる。アレグロを弾いているうちはまだいいのだが、アダージョになるとかれらは楽章の小節をことごとくにおいて、大なる無知と判断力の悪さを、さらけ出してしまう。彼らは秩序も表現もなしに弾き、強弱を区別しない。装飾は妙なところにおかれ、過剰でおおむね混乱している。しかもたいていは、その音符があまりにも無内容であるため、自分が何をすべきか演奏者自身が分かっていない。彼らは、誰よりも、自己愛にとらわれている。
　息子のモーツァルトもこの考えを踏襲している。音楽が人を喜ばせるべきものであるならが、それはある程度、平易な物腰のものでなければならない。決して額に汗をかかせるものであってはならない。絢爛たるものものしい技巧だの、リズムや和声、対位法の複雑さなどで驚かせるよりも、音楽はむしろ経過なタッチで人々を魅了すべきである。
（その６４）　しかしながら、レオポルトの信条は、軽薄さを旨とするものでなかった。なぜなら、様々な感情の充分な表現に、最大の注意が払われていた。上司でもある、ザウルツブルクの宮廷楽長　ルイージ・ガティにより新作セレナータ「無人島」が初演された際、レーオポルトが日記に残したのは、次のようなことばだった。「きれいな音楽だが、イタリア的で心というより、耳のためのものだ。なぜなら、言葉の表現と真の情念がうまく一致していないのだから」すなわち、表面上の美しさと平易な作風は必要条件であっても、その作品が音楽として成功するか否かを決定する充分条件とはならないのである。不必要な難しさは避けられるべきであり、必要な難しさも、磨かれた表面の下に、隠されるべきである。仕事上の秘密は、困惑し、悩むことしかできない人々から、離しておいたほうがいい。
　こうした考え方は、息子のヴォルフガングにも当てはまる。１７８２年１２月２８日の手紙から。ピアノ協奏曲K.４１３－４１５について、引用されることから。これらの協奏曲は、難しいすぎるのと、やさしすぎるの、ちょうど中間のもので、とても華やかで耳に快く響きます。自然でありながら、急遽に陥っていません。識者だけが満足するところもあちこちにありますが、識者でなくても、なぜかは分からないながら、必ず満足できるようになっています。訓練の行き届いた作曲家が、比較的少数の「識者＝ケナー」すなわち音楽通と、はるかに多くの「愛好家」すなわちアマチュアの両者の念頭におき、両者を同時に喜ばせる術を知っていた。
（その６５）シンフォニーの作曲たちは、一般に、難しさを避けていた。その理由のひとつは、当時のほとんどのオーケストラが、ヴィルトーソ的な処方に対処できなかったことになる。もうひとつの理由として、主役を演ずる独奏者に倒し演奏会、その他　大勢の人々（リピエーノ奏者）に対してとでは、ふさわしい音楽の書き方が異なると理解されていた。リピエーノ奏者の誰もが、協奏曲を演奏する能力を持っているわけでもない。しかし良い奏者であれば、レーオポルトら同時代の著述家たちは、それに劣らぬ価値とした、別な技量を備えていた。それは、目の前に置かれたパート譜を正確に演奏できる能力である。当時のシンフォニーは、初見ではないにせよ、たいてい１回だけのリハーサルで演奏された。その証拠は豊富に残っている。ヴォルフガングのシンフォニーのうち、最初の三分の二ほどの時期に生み出された作品の難しさに殆ど変化がないのは、ここから説明される。

音楽史の中のハイドン　16．印刷楽譜の歴史　３　パリの中小出版社の乱立　その55-56
１６．印刷楽譜の歴史　３　パリの中小出版社の乱立
（その５５）　ハイドンの偽作問題にも起因するが、その４７に関連して、パリでの出版社の乱立について触れる。簡単な道具だけで、楽譜出版は、乱立を迎えるのは、１８世紀半ばになる、。作曲者自身ないし、その妻が版元になることも容易であった。当時の音楽年鑑は、各号の終わりに、音楽関係者の住所が掲載されている。たとえば１７８３年の号には、楽譜彫版師として、３２名。楽譜銅板印刷家として１１名。楽譜活字印刷家として７名、計５０名が楽譜印刷家の名前が上がっている。それに対して写譜家は、わずか１９名に過ぎない。またそれにとどまらず、作曲家のリストには、自分の作品を自ら売る作曲家は＊で区別してある。パリ在住の作曲家だけでも、５３名の名前が付いている。
　当時のパリは、自らの巨大な胃袋を満たしていただけではなく、周辺の音楽供給源も果たしていた。その上フランス全体に張り巡らした楽譜印刷が、筆写譜の販売を凌いで、採算が取れる事業になっていた。それに対して、多数の領邦国家に分かれていたドイツ各地とは対照的であった。
（その５６）　パリの音楽活動における優位性は、たくさんの外国人音楽家の移住を促す。特ににイタリアとボヘミアは、豊かな音楽伝統があって音楽教育のシステムが十分に確立されていた。出身地では仕事に恵まれない音楽家や、より良い地位を求めて、パリへやってくるドイツからの音楽家も多かった。１７７８年にパリにやってきたモーツァルトの大きな目的もこの点にあった。彼は半年の滞在の後に去って行くが、父レオポルトの忠告に見られるような貴族に目をかけてもらうように行動することは、かつてのような意味を持たなかった。むしろコンサート・マネージャー、オペラ興行手、楽譜出版社たちが互いに凌ぎを削る熾烈な戦いを繰り広げている世界を、泳いで行く才覚が重要だった。パリでのモーツァルトは、余りに無邪気で、積極性に欠け、騙されやすく、お金をためるにも無関心であった。反対にそのような世界にうまく溶け込むことができたのは、グルック（１７１４－１７８７）は、パリでオペラの上演と出版によって、わずか１０年足らずの間に、５－６万ルーブル稼いだといわれている。

音楽史の中のハイドン　15．印刷楽譜の歴史　３　アムステルダム、ロンドンその53-54
１５．印刷楽譜の歴史　３　アムステルダム、ロンドン
（その５３）アムステルダムのロジェ（その４４で記載）は、彫板印刷による、楽譜出版を１６９０年頃に創業する。やがて人気のあるイタリアの器楽曲を海賊出版するようになった。イタリアで刊行された活字印刷よりも、はるかに、見やすかったので人々の支持を勝ち得た。アムステルダムは、当時、オルガン・コンサートやコレギウム・ムジクスによる市民レヴェルの音楽活動の長い伝統があった。ヴィヴァルディ（１６７８－１７４１）の作品は、当初はヴェネツィアで初版が出版されたが、作品３以降は、ロジェであった。
　一方１６９５年に、ジョン・ウォルシュ（１６６５/６－１７３６）はイギリス音楽の出版に加えて、ロジェの成功に目をつけ、ロジェが出版した大陸の人気ある音楽の海賊版を出版し始めた。ウォルシュは、ロジェの奥付に自分の名前を張って販売していたことから、彼の代理店としての機能を果たす。

（その５４）１８世紀半ばのパリでは、フランス国王の強力な保護を受けたル・ロウ・エ・パラール社が寡占体制が１８世紀半ばまで続く。一方、国王の統制に逃れた中小の楽譜印刷家が、彫版印刷方式の利点に目をつけて、１７１０年頃から、活躍を開始した。資本、技術も大して要せず、簡単な道具だけで、可能な彫板印刷夏が広まり、国家による保護が意味を成さなくなる。ハイドンの楽譜の出版も、海賊版としてフランスで出版された。
　一方、当時のドイツでは、ヴィーン以外は、余り楽譜出版が盛んでなかった。（その４０）で触れたように、当時は、筆写譜の流通が多かった。印刷楽譜の需要が少なかったのが最大の要因であった。また印刷技術でも、活字を主体とした書籍の印刷家が多かった。　ドイツ以外の都市は、ドイツ全体が、人口が集中する大都市がなく、かつ地域ごとに独自に経済圏を持っていたことに因るところが大きい。それでも、アウグルブルクのロッターは、１７４８年にハイドンの師　ヴェルナー（当時エステルハージ侯爵宮廷楽長（１６９３－１７６６）は、「音楽による歳時記」というトリオ・ソナタを同社から出版した。ロッターは、活字印刷術を生かして、音楽書籍の出版も大体的に行っていて、L.モーツァルトの有名な「基礎的ヴァイオリン教程の試み」１７５６年に出版した。

１４．印刷楽譜の歴史　２　イタリアでの衰退
（その５１）　活字印刷の中では、１５３０年代は、楽譜出版の第1世代の基礎固めに相当した。その後、１６世紀中頃に、これを営利事業として社会的に大きく展開したのが、ヴェネチア、パリ、ニュルンベルク等の商業大都市であった。
　さらに楽譜印刷業が定着し、第２世代を迎える。国王や自治体の印刷許可を受けて、その保護の元に、事業を展開して行った。もっとも為政者が、この事業の営利性に目をつけて、それを社会制度の中に、取り込んで保護する代わりに、税金を取り立てたのが真相であろう。楽譜印刷出版社は、独占権を手に入れる。１５８０年代まで、商業都市ヴェネツイアでは、寡占的な地位を利用して、イタリアの楽譜印刷全体を、殆ど支配していた。また、彼らの子孫たちは、ほぼ約２世紀に渡り、他の出版家の追従を許さなかった。

（その５２）１７世紀初頭から、中頃にかけては、ヨーロッパ全体の不況、木材の高騰（紙の印刷に影響）、１６１８年からの３０年戦争等により、印刷業界全体が衰退していく。楽譜印刷でも、職人技術の荒れ、新版の減少と再販の増加、出版家の意気を感じさせるような独創的な出版物の減少などもあり、衰退して行った。耐久性のある活字セットが、飽和状態になり、それを使って印刷する出版家の競争も激しくなり、廃業や後継者探しの難航もあった。
　彫版印刷の部数は、数百部が限界であった。このため、販売力のない中小業者でも経済力豊かな、大・中都市でなら経営が可能になった。それまでの活字印刷の国際的な流通から、彫版印刷楽譜の大都市集出へ変化が生じた。まずロンドンで始まり、人口は当時は少なかったが、海を越えた巨大な消費とを持っていたアムステルダムやパリであった。これにより、従来の活字楽譜印刷家は、ロンドンやパリに奪われた。また技術的な劣勢もあり、立ち向かなくなった。

音楽史の中のハイドン　12．筆写譜の宣伝効果その45-46
１２．筆写譜の宣伝効果
（その４５）筆写譜と印刷楽譜は、この頃、過渡期になっていたと思われる。需要拡大のため、ハイドン自身も１７８０年代に入り、エステルハージ邸内の音楽要求に気を配るだけに、留まらなかった。１７８１年１２月３日付けに、ハイドンは、直前に成立したと思われる弦楽四重奏曲作品３３（HobーNo.Ⅲ：37－42）の予約を依頼している。２通の手紙が現存し、それぞれソナタ形式の完成を自ら、誇らしげに告げるものとされている。今世紀初頭以来、数多くの音楽文献の中で引用されてきた。ハイドン口述筆記をさせた署名だけの、自筆のこれらの手紙は、おそらく大量に書かれた同じ様な文面で、現存する２通ではないと推定されて来た。
　もしそうであるならば、ハイドンの言葉は、古典派音楽の様式発展が決定的な段階に到達したことを自覚的に示すなどといった意味ではなく、楽譜を購入するための、いささか、宣伝めいた表現の解釈が打ち出された。　その途端、同じ様な文面の第３の手紙が見つかった。先の２通と比較して、日付も、署名だけだけが自筆であることも同じであるにとどまらず、書き手も同一人と同定できる。内容的には、あの有名な言葉が１字１句記されている。さらに既存の２通と違って、その後に、「私の教会作品、シンフォニー、コンチェルト、オペラもご用命とあれば、それにお応えすべく整っております。」という句が続く。
（その４６）　これらの手紙全体には、紛れもなく、自作頒布のための宣伝という趣旨が基調となっている。また、これらの手紙には、楽譜頒布という点で、当時の慣習が見て取れる。すなわち、「正確な筆写楽譜を６ドゥカーテンで予約を賜りますように」とある。当時のこの価格は、２７グルデンに相当し超高額であった。高貴な人々に、まず直接取引で高い値で筆写楽譜を販売し、その後、出版社に版権を売ることを意味している。ちなみに、同じ作品は、１７８２年にアルタリア社から、４グルデンで出版された。しかし、この４グルデンでさえも、決して安いものでなかった。それでも筆写楽譜に比べれば、約７分の１の価格であった。
　貴族たちにとっては、楽譜とは、人の手できれいに書かれたものであって、印刷楽譜などという安っぽい代物は、初めのうちは、品位に関わるものであったに違いない。ハイドンの商売は十分に成り立ち、作品３３の正統的な筆写楽譜は、そのことを証明している。筆写楽譜と印刷楽譜楽譜による両立は、流通に特有のものであった。このような、作曲者自身による自作品の販路開拓は、宮廷や教会から作曲家の解放をもたらす。その先兵たるハイドンは、同時代にあってこそ、さらに自作の売れ口を、かなり広範囲に努力をしてきた。ひとつの作品を同時に複数に複数の出版社に売り渡すことにも見て取れる。

音楽史の中のハイドン　11．筆写譜の意義その38-43
１1．筆写譜の意義
（その３８）　現代は、印刷技術が進歩し、ネット時代となると、印刷物もやや、少なくなっているかもしれない。過去は、印刷楽譜がかなり出回っていた。ハイドンの生きていた、18世紀後半から１９世紀前半は、筆写譜から印刷楽譜への移行期にあたる。
　この頃は、音楽の大量消費が始まった時代にも一致する。ヨーロッパのいわゆる芸術音楽は、大道芸人などではなく、楽譜というものを媒介として、伝播する特徴があった。ひとつの楽譜が大量に印刷できる技術をによりひろまったこと。その背景には、文字を読めると言うことが、知的人間の社会生活条件にもなっていくこともあった。
（その３９）
　その前の筆写譜の存在から、考えてみたい。１７世紀から１８世紀は筆写譜の販売が盛んであった。これは、必ずしも、楽譜印刷がまだ、限られた影響力しか持ち得なかった後進的な側面ばかりでない。同じ内容物が大量に出回ることを防ぐ、積極的な理由があった。すなわち著作権が保護されていない時代にあっては、大量頒布は必ずしも社会的な要求まではなかった。また、オペラなど超大規模な作品は、上演可能性が限られていた。上演を前提とせずに、たとえば、研究のために、全曲が筆写されることは、例外的な場合を除いてなかった。さらに上演されるときは、歌手が上演場所の都合や慣習によって、変更を加えることがことが多かった。

（その４０）　作曲の際に、五線紙は必須に近いと思われる。楽譜のタイトルページには、既に五線譜が引かれていた。タイトルページに既に五線が引かれていた。コピストがその様な不必要なことをすることはありえないので、既に五線紙が当時、販売されていた根拠にもなる。ヴィーンで作成された筆写楽譜には、用紙の形状と透かし模様、引かれた五線紙の特徴、また筆跡の特徴がある程度限定され、その上、当時ヴィーンで活躍していた写譜家の筆跡には確認されているものもあった。
　作曲家が３声以上の楽曲を作曲するときは、スコアの形で最初は書く。しかしそれを演奏するときはパート譜を作成しなければならない。これは、作曲行為の必然的な結果でななく、むしろ演奏を通した音楽の伝播の役割を持つ。筆写で仕上がりが、きれいなものもある。J..S.バッハがその典型であった。すなわち専門の写譜屋でない、作曲者の周辺の人間によって書かれる。財力のある大きな組織に属していない作曲者は、職業写譜家を雇えない。このため、家族や弟子たちを動員していた。このため、仕上がりが雑になるとは、避けたかったので、きれいな筆写譜となる傾向が考えられる。
　それに対して、財力のある大きな組織の作曲家は、職業写譜家を雇える。自筆楽譜のスコアは、きれいなものでなくても良い。写譜屋が清書をするし、仮に写譜の際に、自筆楽譜が不明瞭でも、すぐそばに作曲者がいるから、訂正も簡単にできる。ハイドンにも専門の写譜屋がいた。
（その４２）
　中野著　「ハイドン交響曲　p119」によると、エステルハージ時代の写譜者は４名いたとされている。ここでは、下記のように４名が記載されている。
A:：ヨーゼフ・エルスラー
B：ヨーハン・シェリンガー
C:ヨーゼフ・エルスラー・ジュニア
D：不詳
このページには実際の写真が掲載されている。Cのヨーゼフ・エルスラー・ジュニア（Aの息子）による筆写された掲載写真はhob－no.－16　の第2楽章の冒頭の中からソロのｖｃ．が演奏する譜面になっている。
４名それぞれ、筆跡が異なって興味深い。
　一方、五線紙の中で、スカシを元にし、作曲年代が確定した事例を引用したい。モーツァルトの例になるが、ホルン協奏曲　第1番は、従来までは、ヴィーン時代の初期の頃と従来までとされていた。（1782年）しかしながら、紙のスカシによる研究から、実際にはその後、約9年後（晩年に近い時期）に作曲されたことが判明した。

下記のモーツァルトの人間像に迫り、音楽に科学の光を当てる（文学部教授　西川尚生）のサイトより

http://www.keio.ac.jp/ja/contents/research/2014/22.html
（その４３）　エステルハージでの初期の頃は、ハイドンの楽譜出版は、海賊版であった。しかしながら例外的に、1774年ヴィーンのクルツベックから出版された。これは６曲のクラヴィーアソナタで（hob－XVI：２１－２６）で、ハイドン自身が、自作の出版に」関与した最初のものになる。パリ国立図書館やベルリン国立図書館に所蔵されている自筆楽譜と比較すると、きわめてよく反映した印刷楽譜であった。またハイドン自身が、楽譜の表紙の冒頭に、雇い主であるニコラウス・エステルハージ候に献呈の辞を書いている。この巻頭ページは、イタリア語で書かれている。ドイツ人の作曲による、ドイツの出版社で発刊されても、音楽の関係出版はイタリア語であった。その後、しばらくしてフランス語、ドイツ語へ移行していく。
　1780年代になると、ハイドンは出版に関与していく。１７７８年にヴィーンで出版活動を開始したアルタリア社は、この年に、６曲のクラヴィーアソナタ　作品３０（Hob-XVI：35、36、37、38、39、20）を出版する。ここでは出版が、作曲者との深い関係の中で行われたことは、アルタリア社へ当てたハイドン自身の手紙で明らかになっている。1780年ー89年の10年間の間にハイドンが書いた手紙の約90通が現存している。その内、約２／３はアルタリアに宛てた手紙である。
（その４４）アルタリア社は、この頃から約10年間に渡り、60点近くのハイドンの楽譜を出版した。この量は、ハイドン楽譜の出版全体と比べて、数倍の伸びになっている。しかし、全ての出版が作曲家との深い関わりの中で作成された印刷楽譜（オリジナル・エディション）であった訳ではない。すなわち、これまで通りの「海賊版」がアルタリア社でさえもあった。
　1760年ー70年は、ハイドンの楽譜は筆写楽譜で流通した。著者が1979年にヨーロッパ各地の図書館、修道院等で行った、ハイドンのクラヴィーア・ソナタの現存資料の調査をおこなった。同じ音楽の、同じコピストによる、さらに内容的にも殆ど同じ楽譜が、各地（といっても、ヴィーンとの関わりが、かなり密接な地域が多い）に合わせて、数部、残存していた。その様な場合には、発行部数がつきとめられている当時の書物など今日の残存状況などから鑑みると、これはその１０倍程度、すなわち、同じ筆写楽譜が数十部作成された痕跡でないかと推定している。　ヨーロッパ大陸の音楽事情を1772年に見聞して回ったイギリスの歴史家チャールズ・バーニー博士は、「ヴィーンには楽譜が売られている店がないので、新しい楽譜を手に入れたいならコピストに足を向けると良い」の記述にもあう。

v音楽史の中のハイドン　10．ドイツのナショナリズム　その37
１０．ドイツのナショナリズム
　（その３７）バッハ復興の背後には、ヨーロッパ文化の優位からドイツのナショナリズムに向かって点がある。１９世紀、ドイツは、チェコのプラハ人口の約２５％をドイツ人が占めていた。そして、その地域に住む人々のドイツ文化政策が採られている。少数者のドイツ人が、プラハの町を支配していた。たとえば、役人になるにもドイツ語が、できなければならなかった。
　　それに反発するチェコ人たちの民族主義が起こってくる。そして、それと対抗するドイツ人のナシュナリズムが登場する。ドイツ人も思想的に武装しなければならなくなった。ドイツ文化の優位性が強調され、その歴史的必然性が確認される。また、過去の音楽の復興が底流にあった。１９世紀は、科学技術の始まった時代で、多くの発明がドイツ人科学者でなされる。ドイツの大学が、それを担った。貧民層に教育をして軍隊に入れた。食べさせて、愛国を植え付け、さらに対外的な戦争をしかけることによって、まさに、富国強兵政策によって国家統一まで成功させた。

音楽史の中のハイドン　8．コンサートプログラムの変化その30-36
９．コンサートプログラムの変化
（その３０）　１９世紀初めまでの音楽会は、娯楽であって、私たちにとっては、サーカス鑑賞と同じようなもので、おしゃべりをしたり、アイスクリームをなめながら音楽を聞いていた。たとえば、最初にシンフォニーの第１－３楽章が演奏され、その後、歌手が出てきてアリアを歌い、次にピアノトリオ、オーケストラによる序曲、コンチェルト、歌曲が続く。そして最後にシンフォニーのフィナーレなどといった、混沌としたプログラムが組まれていた。それは、まるで、テレビのバライティー番組のようであり、サーカスのような出し物であった。いろいろな編成の音楽が、出演者を次々に変えて連続してこそ、音楽会は楽しいものとされた。これは、交響曲の生涯にも記載がされているし、かつて、モーツァルトの演奏当時のプログラムとして発売されたことも記憶している。
（その３１）　モーツァルトの例では、ザスラウ　モーツァルトのシンフォニーからも、ハフナー交響曲の部分で記述がある。１７８３年３月２２日に、ヴィーンのホーフブルグ劇場でのコンサートは、記録が残り好評であった。モーツァルト自身のが父親へ、宛てている手紙にも記録が残っている。またハンブルクの「音楽雑誌」に発表された報告記事によっても、その大筋が確認できる。このプログラムは、モーツァルトがヴィーンで開いた音楽会に典型的な内容であった。そこからは、シンフォニーが一夜の音楽作りに枠をづける前奏および後奏という、いつもながらの機能を果たしていた。１２のプログラムの内、最初は、ハフナーシンフォニーの三楽章。その間に、ピアノ協奏曲415、アリアが演奏され、再度にハフナーの最終楽章が演奏されて終わる。モーツァルトは、シンフォニー楽章に、行進曲やメヌエット、コンチェルト楽章を加えたオーケストラセレナードと同じように、考えていたのかもしれない。
（その３２）　実際、モーツァルトは、コンサートとは、冒頭と最後をシンフォニックな額物で飾った大きなセレナードのようなものだと考えていたふしがある。モーツァルトの同時代人たちは、オペラに対してもおなじような見方をしていた。当時のオペラは、台本によって、おおよその枠組みこそ設定されていたものの、アリアや舞曲、その他の楽曲に替えたり、削除したり、入れ替えたりして構成を変えることは、自由に認められていた。このような追加や削除はパスティッチョ(混成作品）だけでなく、ほとんどのオペラにおいて、当時は行われていた。（その３３）　一方１８世紀の音楽ジャーナリズムにおいて、ある作曲家の作風などが言及されるのはことがあっても、作品が特定されて話題になることは殆どない。作品が固有名詞を伴って論評されるのは１９世紀になってからである。よく話題に挙げられる作品には、ニックネームがついた。ハイドンの交響曲は、その典型であり、大半は１９世紀になって、ニックネームが付けられた。
（その３４）
　パリの音楽辞典編集者として知られるフェルティス（１７８４－１８７２）は、古楽の復興者として知られている。彼はベルリオーズの新しい傾向に眉をひそめ、ハイドンはモーツァルトを礼賛したばかりでなく、歴史演奏会（現代の名曲演奏会のようなもの）を開催した。このコンサートは、毎回、オペラの歴史、１６－１７世紀の音楽といった特定のテーマによって演奏が行われ、彼が解説した。ヴィーンでは、１８３２年に、音楽史を書いたキーゼヴェッターが古楽の復興者として音楽史を書いたり、音楽事典を編纂したり、古楽の演奏会を開催した。かれは、自宅でも合唱団をを主宰し、そこでも、過去の音楽を演奏した。
　（その３５）　名曲演奏会は、当時のこうした音楽の聴き方に対しての反発でもあった。つまり、ただ美しい音楽を聴いているだけでなく、真に理解され、静かに集中して聴くものになった。作曲者と作品名、さらには、それらのプロフィールを記載したプログラムが印刷されて配布されるようになって行く。誰が作曲した、何であれ、音楽がなっていればよい時代から、変化した。そこでは、同一のジャンルのものだけが演奏され、しかもそれがどの年代順に並べられた。音楽を理解するには、そのジャンルがどの様に発展してきかたも欠かせないポイントにもなった。こうして、ヴァイオリン・リサイタルとか室内楽の夕べなどが次第に形成されていく。演奏曲目を年代順に並べる伝統は、今でも残っている。また、音楽における研究も、大作曲家の伝記が量産される。ポールによるハイドン伝（１８７５－８２）も、その頃に発刊された。これらの伝記は、今日まで、作曲家の研究の基礎にもなった。
（その３６）　名曲演奏会が生まれたことは、音楽会の視聴にも影響した。すなわち、片手間に聴いて楽しむのではなく、物音をたてずに、全ての感覚を舞台の一点に集中して、精魂傾けて理解すべき対象となった。すなわち、音楽の背後にあるものを読み取らなければならないという、今日の考えが生まれた。過去の作品は、過去の人々のメッセージであり、美的な対照であるばかりでなく、私たちの歴史の相対関係を理解させるきかっけの考えにもつながった。バッハの作品は、バッハの作品として理解されなければならないから、新作と自作の区別は重要な問題であった。ひとつの作品は、その作曲家の創作全体の中に位置づけられて、初めて真の意味をもつのであるから、創作全貌が把握されなければならない。そのためには、作品カタログが作成され、伝記が書かれる。モーツァルトのカタログを作らせたケッヒェル（１８００－７７）が、それを完成させたのは、１８６２年のことであった

音楽史の中のハイドン　７．前衛音楽と芸術至上主義その26
７．前衛音楽と芸術至上主義
　（その２６）１９世紀の前衛作曲家は、次第に社会の要求に即して、作品を書くのではなく、「音楽のための芸術」あるいは「「芸術至上主義」という考方が現れるようになった。そういう創作態度の原点に立っているのはもちろん、ベートーヴェンである。
　彼らは言ってみれば、現実の社会に応えるより、自己の思想や芸術観を前面に出した音楽を書くようになって行く。そして芸術家は、特別な才能を持った最高の人間であるとという考え方が出てくる。自分が何をすべきかを追求し、それができるかできないかで、芸術家の価値が計られる。音楽学校の教師になる人は、２流、３流の芸術家であると、みなされるようにもなった。

音楽史の中のハイドン　6 当時の難解な音楽その22- 25
６．当時の難解な音楽
　（その２２）音楽の分類の仕方には、２種類ある。ひとつは、ドイツ語でいうところのErnestーMusik　「まじめ音楽と、Unterhaltug　Musik　「娯楽音楽」である。１９世紀にに、最もよく売れたのは現代音楽で、それも、まじめ前衛音楽の方でなく、新しく作られた娯楽音楽であった。１９世紀の楽譜出版物を少し精査してもすぐにわかるのは、おびただしい量の「捨てられた」音楽の存在である。歴史は統計的に見る必要がある。それをくぐり抜けた「価値あるもの」に眼をむけるべきだといわれる。なぜなら、さもないと、１９世紀に最も好まれていた音楽はワルツなどということにもなる。しかしこの議論は、全く説得力はない。ここで「価値あるもの」とされているものは、そのような評価が定まっているという意味に過ぎない。何が価値のあるかについては、私たちが、後世に改めて判断をする。となれば過去の現実に、眼を塞ぎ、既に「名曲」とか、「大作曲家」という評価を得ている音楽だけについて、議論することは、音楽史の研究課題とは限らない。
（その２３)　「まじめ音楽」でも、極め付きに難解なものから、限りなく「娯楽音楽」に近いものまで大きな幅があった。１９世紀のコンサートのの実態がその例である。メンデルスゾーン（１８０９－４７）のシンフォニーなどは、難解な音楽の典型で、おいそれとは演奏されなかった。（演奏時間が長く、迷路を彷徨うものであった。）それにひきかえ序曲を演奏する機会は頻繁であった。序曲はシンフォニーの縮小版、一般向け版であり、標題をを持っていて分かりやすい。
　　１８世紀前半の人々は、ベートーヴェンの作品を十分に消化していないことが分かる。演奏され続けたのは、ごく限られたレパートリーでしかなかった。作品１０１のソナタを１８４３年にクララ　シューマンが演奏した。このとき彼女は、父親にあてた手紙の中で、「この曲はまだ、公開で演奏されたことがないと思います。」と書いている。ベートーヴェンの第５ピアノ協奏曲は１９世紀の後半に、このジャンルで、最も演奏される作品のひとつになる。しかし、この作品のスコアは、１８５７年に出版された背景もあった。

（その２４）　クララ　シューマンはベートーヴェン演奏家のパイオニアであった。夫の死後、彼女は、ようやく、安楽になり、その頃から毎年イギリス演奏旅行をする。やがて１８７２年に設立されたフランクフルト音楽院の院長ラフに招聘されて、教鞭をとりバッハ、ベートーヴェン、ブラームスなどの音楽を中心に教えた。
　当時の音楽学校は、裕福な市民の子弟が学んでいた。ピアノという楽器を習うのは、当時も圧倒的に女性が多かった。それに対して、男性は、ヴァイオリンを学んだ。その前の１８世紀においては、収入を上げるという観点だけから音楽家の職業を選ぶとすれば、男は、カストラートになるか、ヴァイオリンの名手になるかのどちらかであった。チェンバロ奏者になるのは、おおむね、あまり優秀でない音楽家であった。１８世紀の終わりに、ピアニストとして生活が成り立つかどうかは、まだ分からなかった。そのため、ピアノを習うのは、そして生活に心配がない、上流階級の女性たちである。モーツァルトののピアノの弟子たちは、ほとんど全員が女性であった。唯一の男性がフンメルであったとされる。
　（その２５）また、作曲家たちが、ソナタを書いて捧げる相手は、みな女性であった。それに対して弦楽四重奏曲は、男性のパトロンに捧げられる。１９世紀になっても、ピアノは女性の楽器という伝統が続いた。オーケストラメンバーが全員男性というのも、こうした伝統の背景がある。
　音楽学校の設立目的は、初めからはっきりしていた。フランスでもドイツでも音楽学校に求められたのは、宮廷楽団に、そして後には、国立や私立のオーケストラに奏者を絶えず供給することであった。楽器の奏者の養成だけでは、音楽学校の経営は成り立たなかった。家庭楽器の極めつけであるピアノを学ぶ。ブルジョア階級の奥様予備軍の大量の女性たちが、音楽学校、大学教授、弁護士、経営者といった社会的地位の高い人物となって、こうした音楽的要素のあるインテリたちとなった。こうした人たちが、コンサート協会、合唱協会を支え、聴衆として彼らの娘たちも、また、音楽学校でピアノを学び、同じことが繰りかえされる。このようにして１９世紀ヨーロッパ市民音楽文化が形成されていった。そして、彼女たちが学んだのは、バッハの平均律ピアノ曲集であり、ベートーヴェンのソナタであった。
　こうして、音楽学校での教育レパートリーに載った作品がスタンダードなメンバーになっていく。これによって儲けるのは、バッハやベートーヴェンではなく、出版社であった。楽譜出版社が急成長を遂げた。

音楽史の中のハイドン　5 アマチュア音楽の増大その19ー21
５．アマチュア音楽の増大
（その１９）　1756年にL.モーツァルトは、「ヴァイオリンの演奏技法」を出版する。その頃には、同様に、ロンドンで、ジェミニアーニの「ヴァイオリン演奏技法」、１７５２年にベルリンでクヴァンツの「フルート演奏指導の試み」、１７５３年にエマヌエル　バッハの「クラヴィーア演奏者の試み」なども出版される。演奏慣習の初期段階においては、当時の演奏様式を復興させるには、これらを手がかりにしなければならないと考えられていた。しかしこれらは、アマチュア向けの本であった。プロの音楽家は、どの様に演奏したのかと、教えてはくれない。L．モーツァルトの書いた序文には、「教養につくことができない状況にある貧しい人が、この様な入門書を最も必要としている」とある。
　また、当時はソロ奏者よりもリピエーノ奏者（ソロ奏者ではなく、全体で演奏する奏者）の養成を主体においていた。つまりこれらの教本は、社会が要求したものであり、彼らは、みな社会的使命感をもって書いた。それがヴァイオリン、フルート、鍵盤楽器、声楽を学ぶ人々のためであった。その当時、アマチュアは、何をやっていたかも、示している。その当時は、オーボエはプロの楽器であった。トランペットは、貴族の邸宅で吹いていた。
（その２０）　しかしながら、人々の音楽要求が質的に変わり、音楽教育の目的も変わった。かつては、教会や宮廷の行事進行の引き立て役として楽士が養成された。それが、市民に保障された職業選択の自由に則って、市民コンサートで活躍する職業的音楽家の教育のため、また、市民の趣味は教養を身につけるためになった。また各地で音楽学校が設立されるようになった。
　この例が、楽譜の出版と記載方法にも関連している。ここでは、A．コッレッリのヴァイオリンソナタ作品５の３の第3楽章と、モーツァルトのピアノソナタ第14番　第２楽章の例が掲載されている。前者は、装飾などの細かい指示が全く、記載されていない。演奏に際しては、装飾が付されていることを前提に、簡素な譜面となっている。一方、後者は、作曲法の知識がなくても、通奏低音の数字が不案内な人にも記載がされている。すなわち、演奏に際して装飾が付されている。
（その２１）　楽譜は書いてある通りに演奏すれば、一応、誰でも音楽になるレシピのごとくになっていった。即興で演奏するプロはいくなった。ピアノフォルテが登場すると、あらゆる発想記号が案出された。楽譜は、演奏指令書としての性格を鮮明にしていく。１９世紀の初めの２０－３０年の間に楽譜に書かれる記号が飛躍的に増えた。それは、市民たちが弾くようになったからである。これは、ピアノフォルテの普及も起因している。

音楽史の中のハイドン　4 多作の背景　ブルクとシュロスその15ー20
４．多作の背景　ブルクとシュロス
（その１５）それにも関わらず、１８世紀という時代は、それまで以上に新しい音楽を要求し始めた。モーツァルトは社会的要求に答え、次々と新しい音楽を書いた。J.S.バッハ（１６８５－１７５０）は、少なくともライプツィヒ時代の初めの３年ぐらいは、新しい教会カンタータを毎週のように書いた。テレマン（１６８１－１７６７)は、毎週カンタータを書くというプロテスタント・カントルの課題に最も正面から取り組み、少なくとも１７５０曲という、膨大なカンタータを書いた。しかも１６００曲は現存しているが、失われた作品も相当量あったと思われる。クリーガー（１６４９－１７６０）は、実は、それ以上に約２２００曲を書いたとされているが、現存しているものは、極端に少ない。したがって教会カンタータの創作量で2番目に多いのは、グラウプナー（１６８３－１７６０）ということになる。彼は、約１４００曲を残した。それに比べれば、バッハは、たかだか２００曲程度ということになってしまう。
　ただし、この場合、全部が残っているとは考えるべきでない。音楽生産量として考えてみると、確かに昔は次から次へと新しい音楽が演奏されたよう思われる。そして、これまでの音楽史書にもそのような記述がされてきた。しかし、これに加えて、過去の作品も演奏されていた可能性もある。バッハは、2世紀後に、しかも宗派を超えて、パレストリーナを取り上げた。
（その１６）　１８世紀の時代は新しい音楽に関して他の世紀を圧倒している。この原因は、ヨーロッパ各地の宮廷生活が絶頂に達し、あらゆる分野で競って新しいものが求められ、また各宮廷は、それができる財力を持ち始めた。しかも宮殿の建設ラッシュが起こる。そこは音楽が演奏されるための特別な部屋が作られ、音響効果が緻密に計算されている。たとえば、他の部屋と天井の高さが同じでも、残響時間がまったく異なるので、宮殿を見学すると音楽室の存在は、たちどころに判明する。そこでの奏楽のために、楽団が雇用された。
（その１７）　宮廷が大きくなった背景には、その前の歴史がある。１８世紀のドイツは、城の建設ラッシュであった。アウグスブルグの宗教和議（１５５５年）がなされ、プロテスタントが公認され、新旧両派の共存がが確認されたにも関わらず、宗教対立から３０年戦争の泥沼があった。そしてようやくヴェストファリア条約（１６４８年）が結ばれて、もやは宗教のために血を流さなくてもよい時代が来た。それまでドイツ語で「城」の意味の「ブルク」は、たいてい、丘の上にあり、領地争奪のための城（ブルク）であった。そこには、大砲や物見台があり、敵がやってきて、立てこもっていた。
（その１８）　その後、「城」のシュロスが建てられた。シュロスは平地で、その周りには堀があり、本来は敵に備えてのものであったが、１８世紀になると、その堀は、料理のためのカモやアヒルが飼われた。
　シュロスのモデルになったのは、ヴェルサイユ宮殿で、ドイツのとりわけライン河やその支流の流域は気候は良いし、ぶどうや麦を初めとして作物が豊富に取れた。その復興は早く、多くの宮殿が建てられた。３０年戦争後、最も早く復興したのはハンブルクで、その３０年後、１６７８年には、定期的なオペラ公演が始まった。しかしまだ宮廷で、オペラができる状況ではなかった。１８世紀に入って、少しずつドレスデンなどに見られるように、宮殿と宮廷楽団に加えて、宮廷オペラ劇場が完成されるようになった。宮廷楽団や宮廷劇場を作ることが、富の象徴となり、宮廷のの権力の誇示となっていく。１８世紀には、音楽の需要が飛躍的に伸びていった。ドイツが、フランスに倣っていたのは、言語にも現れている。庶民は、地元のでは古くからあるドイツ語でで会話をしていた。しかしながら、貴族たちはフランス語が公用語となっていた。

音楽史の中のハイドン　3 作曲技法の変遷その7～14

３．作曲技法の変遷
（その７）音楽史を考えていく中で、従来は、作品の歴史、名曲の歴史、技法の変遷史に注目されてきた。グラウトの「西洋音楽史」などによると、音楽史の教科書に書かれているのは、次のようになっている。ポリフォニーから、３声のモテット、リカチュラーレ、フーガが形成された。古典派の時代になってソナタ形式は、人々によって、育てられ、そして十二音法ができて・・・。「まだ、何もさした特徴もないプリミティブな段階から、次第に主題労作が見られようになり、それをハイドンが完成させ・・」という進歩史感も書かれている。しかし音楽の進歩とは何か？　この様に鳴り響いた歴史、すなわち、当時の演奏には、余り関心がなかった。
（その８）　音楽の歴史に関して、それを当時の人々がどの様に聴いたのか？誰が演奏したのか？　何のために作曲されたのか？　それが当時の人々のどのような意味を持っていたのか？どんな楽器で、どの様な響きであったのか？　それがどの様に移り変わっていったのか？これらが音楽の歴史である。だから、そのためには、楽器学、楽器の歴史の研究、何人で演奏されたのか？どんな機会で演奏されたのか？なども研究されなければならない。このため、従来の作品の歴史、ましてや、名曲の歴史、そして技法の変遷史から脱却する必要がある。このあたりで、従来から見方を変えていく必要な視点は、反音楽史でも、同じ様な考えが当てはまる。すなわち、シューマンが提唱した譜面審査が典型的な例である。
（その９）ここで、どの様な中で演奏されたかを中心に記載をしてみる。今でこそ、録音機械が豊富にあり、自宅なり公共施設なり、好きなときに音楽を繰り返し聞くことができる時代になった。しかし１８世紀の人々にっては、音楽はどうだったか？　夜の暗い闇を紛らわすために、宮廷の中には夜ごと、数千の蝋燭が灯された。（蝋燭自体も当時、庶民には、とても高かった）　特にパーティのときなどには、点灯作業は、１０数人の火付け係によって、数時間もかかったという。ガラス細工の豪華なシャンデリアは光をより美しく照らす装置であった。そして、音楽がなければ、沈黙の闇であった。こうして宮廷生活は光と音で飾られた。そういう時代における音楽のありがたさは、何でも聴ける時代とは、まったく意味が異なっていた。
（その１０）　また、音楽は支配の道具であり、一般の人々は、物書きもできず（当時の識字率が低かった）、黙って支配者に従っていた。そして、ただ信ずることのみ要求された。自分の頭で考えることは限度があり、教育も与えられていなかった。（教育は、せいぜい修道院だけで実施されていた）そういう人たちに教会の教養や聖書の教えを説くために、説教が行われた。言葉によってよりも、音楽を伴ったほうが、はるかに効果的であり、音楽は、抗しがたいものであった。

（その１１）　また祭典は、社会的秩序を確認する機会でもあった。誰が支配者なのか、その夜の祝典オペラは誰のためのものであって、何を祝うかが明確にされた。祭典の開始はファンファーレで告げられる。ラッパは権威の象徴であって、それなしに、宮廷社会は、成りたたなかった。ラッパ手の教育は、社会的に極めて規制されていて、厳しい徒弟制度によって、その教育が行われた。ラッパが王権の象徴だったからである。たとえば、バッハのカンタータにおいて、神の国というくだりには、必ずラッパが出てくるが、それは神とはすべてを支配する王だったからである。
　ラッパ手が厳しい徒弟制度である点に関連して、その待遇にも差があった。同じ宮廷の中でも宮廷楽団は、ラッパ手とは所属が違っていた。宮廷楽団（ここでは、さらに細かい分類方法も考えられるが、あえて、一つのくくりにする）は、普段は、王に随行はしていたものの、宮廷楽団の中に属していた。正式に雇用された楽士は、そこそこの待遇ではあった。しかし正式雇用までも、無給に近い待遇の見習い期間を経るなど、大変な苦労があった。　一方ラッパ手は、宮廷楽団とは異なり、軍隊に所属をしていて、待遇もよかった。しかも世襲制度もあいまって、楽士とは立場は断然よかった。
（その１２）こうしてみると音楽の社会的機能は、当時と今は比べ物にならないほど、大きかった。たとえば、１８世紀の百科全書と今日の百科辞典を比較してみると良い。当時は、テクノロジー、医学、宇宙などの科学に関する項目は余りなかったであろう。これに対して、当時の支配をしていたオーケストラは、おそらく現代人にとって、航空機と同じくらい、重要な関心事だったと思われる。現代では、音楽がなくても、日常生活は成り立つ。コンサートにも行けるが、テレビでも視聴できる。音楽家の社会的発言力は低い。何か事件が起こったときに、音楽家の談話が少し取り上げられる程度である。
（その１３）「１８世紀以前にも、過去の演奏が取りあげられのか？」バッハが２世紀後に、パレストリーナを取り上げた。ア・カペラの合唱曲に、通奏低音をつけ、管楽器、オルガンを加えて、その時代のあったカンタータと同じように仕立てた。しかも宗派を超えていた。それより以前は、過去の作品は、演奏される機会はなかったのか。１８世紀まで、鳴り響いていたのは、現代音楽ばかりで、過去の音楽はまったく、あるいは、例外的にしか顧みられなかったのか？その答えは単純ではない。
（その１４）たとえば、１３世紀に、トゥルバドゥール（フランスから発生した音。吟遊詩人とも訳されることもある）の写本がたくさん作成された。最近の研究によれば、それらの音楽は、その時代に創られたのではない。「過去の音楽は現代音楽である」という意味では、その時代の音楽ではあるが。その時代に初めて出現したのではない。トゥルバドゥールの伝統は、もっと古く、それまではその音楽は書かれないで歌い継がれてきて、それが書かれるようになったのは、もっと古く１３世紀だった。あるいは、ミュンヘンの宮廷において、１５７０年代のラッスス（１５３２－１５９４）の聖歌隊は、たしかに彼自身の作品も歌っていた。しかしそれだけでなく、ジョスカン（１４４０年頃ー１５１１）の作品も歌っていた。ジョスカンは、しかも彼らの重要なレパートリーであった。このように、数十年前の音楽を演奏するのは普通であった。その中に少しずつ、新しいレパートリーが入っていった。

音楽史の中のハイドン　２．エステルハージ楽団でのチェンバロの扱いその4～6
２．エステルハージ楽団でのチェンバロの扱い
（その４）　交響曲、視聴記録　では、今まで、３者の演奏を一通り、自分なりに記載をしてきた。その中で、ドラティとデイビス盤では、鍵盤楽器であるチェンバロが入っている。一方、フィッシャー盤では、初期の交響曲から、チェンバロが入っていない。この鍵盤楽器が入るか、入らないかによって、曲によっては雰囲気が、かなり異なることがある。　一方ホグウッド盤は、交響曲全集までは、現在、至っていないが、こちらもチェンバロは、最初期から入っていない。このチェンバロの有無については、かねてから気になっていた。特に、古楽器を使用している、ホグウッドでも採用していない。また、ブックレット（英語）の部分を少し、目を通してみると、やはりチェンバロは使用しなかった。これらに関連して、ウエブスターの記述もあった。ホグウッドがチェンバロを採用しない点は、どうもこのあたりに関連があると思っていたところ、丁度、「音楽演奏の社会史」　の冒頭の部分に、チェンバロを採用しなくなった経緯が記述をされていた。
（その５）チェンバロを採用していた経緯の一つは、古楽器編成団体は、しばしば、チェンバロ奏者として出発していた人が組織していた関係もあった。このため、自ら指揮をしていた。通奏低音なるものをチェンバロで派手に、奏して指揮をしていた。しかしながら、ランドンを除いて、ハイドン学者によれば、チェンバロは参加していなかったのが、大半の意見であった。しかもランドンにしても、もう、30年以上前の見解であって、その頃は誰もが通奏低音とういうものを、通り一辺倒でしか考えていなかった。また、今は、ランドンも自分の主張を繰り返すことはないと思われる。
　ハイドンの自筆スコアには、Bassoと書かれている。これは、通奏低音と考えてよいのか？　という問題でもあった。これは、通奏低音とは何かと言う、根本問題も改めて、考え直すことにもつながった。ホグウッドは、音楽学者ザスロウを顧問にしたモーツァルトのシンフォニーの全曲録音に続き、今度は、ハイドンに取り組んだ。同じコーネル大学のウエブスターを顧問にして、チェンバロを採用しない録音を開始した。（ザスロウは、モーツァルトのシンフォニー　東京書籍　刊行の執筆者でも知られている。モーツァルト以外に、ハイドンの記述もある）（このあたりは後にに触れる）

（その６）演奏慣習の問題は、演奏の場、その音楽の社会的機能、ジャンル、そして、その宮廷などの経営規模、その演奏時の特殊事情など、様々な要素が絡んでいる。宮廷楽団の種類や、規模は、同氏の「オーケストラの社会史」にも詳しく記載され、今後も追々に記述をしていく予定であるが。まず、そもそも、エステルハージ宮廷楽団に、最初からチェンバロ奏者が確実にいなかった根拠として、楽士としてのリストになかった。ハイドンが赴任をした頃の当時の、宮廷楽団は、総勢１２～１３名であったことが判明している。これに、チェンバロ奏者が明記をされていない。宮廷予算は、当時から棒給などの細かいデータがかなり残っている。
　仮に、もし、チェンバロ奏者が入っていたとしても、自筆楽譜が残っているNo.45「告別」交響曲でも説明がつかない。このFinaleは、一人ずつ、奏者が退席していく。そこには無論、チェンバロは記載されていない。また、最後はヴァイオリン２名で終了する。ハイドン自身が配下の楽士たちを残して先に消えることはありえないとすれば、ハイドンと事実上の次席コンサートマスターのトマシーニが残っていると考えるのが妥当であろう。

音楽史の中のハイドン　初めに　その1～3
１．始めに
（その１）　石井著　反音楽史で、ハイドンを含む、西洋音楽の中で、クラッシック音楽の作曲家、演奏形式、聴衆、ドイツと他の外国の関係など、様々な記述を自分なりに記載をしてきた。「反」と言う文字を含むタイトルの通り、それまでの音楽史とは、反する意味合いのタイトルになっている。反するというとは、相手方がいることにもなるだろう。
　相手方となると、従来からの音楽史の解釈なり考え方などが、これに相当する。ハイドンに関して、この共通コメントでも、自分なりに今まで記載をして来た。このコメントでは、どちらかと言うと、従来からの音楽史の視点で記載をして来たように思う。この従来からの視点で、もう一度、新たに、音楽史の中で、ハイドンを中心に、もう一度、振り返りの意味合いも含めて、再度、まとめ直してみたい。
　（その２）まとめ直す視点としては、やはり柱となる著者が必要である。「音楽の友」社の名曲ライブラリー「ハイドン」を今まで、各交響曲で参考にして来た。これを外す訳にはいかない。この本の監修者の一人であり、冒頭のハイドンの生涯の欄の執筆者である「大崎滋生」氏が、やはり、メインであろう。これ以外に主に執筆者でもあった、中野博詞、大宮真琴のお二人は、既に故人となっている。
（その３）井上著「ハイドン１０６の交響曲を聴く」の中で、モーツァルトの交響曲との違いの理由のヒントに、同氏の「音楽演奏の社会の社会史」に記述があった。すなわち、モーツァルトの交響曲は、どこでもできる平均的なものであり、奏者に特別な技量を要求することがない。モーツァルトは、特定の楽団を持っていなかった。彼の音楽は、そうぜざるを得なかった。それに対してハイドンの交響曲は、（もちろん全部ではなく、彼も次第に、平均的な楽団で演奏可能な形で書くようになっていくが）、とりわけ、若い頃の一連の交響曲は、ひとつひとつが楽団員との連携プレーによって成り立っていた。
　大崎滋生氏の著作を中心に、最近、読んだ本（主に、音楽演奏の社会史、オーケストラの社会史、楽譜の文化史）を最近、一読した。この中で、ハイドンの生涯やその周辺を取り巻く環境（エステルハージなどの宮廷を中心とした当時の楽団の様子、演奏されたホールなどの音響を含めたハード面、楽譜出版から広まっていったハイドンの人気などを視点にして、再度、執筆をしてみたい。

反音楽史　21
(２１)その２１　譜面から演奏の音源が変わって
　井上著「ハイドン１０６の交響曲を聞く」の冒頭で、18世紀後半の当時とクラッシック音の位置付けについて記さがされている。何度もこの本は時折、交響曲の詳細を比較していく上で、中身をチェックしていたが、冒頭は、最近読んでいなかった。その中で、18世紀の後半、当時、「コンサートはあったが、この時代にクラッシック音がウィーンのコンサートはなかったのか？」と言う、参加者への質問が興味深い。
　当時の現代音楽が、ハイドンの作曲していた時代の音楽であった。その点、現代のポピュラー音楽と同じといえる。音楽というのは、演奏と言う行為によって成立する。作曲家が書いた楽譜は、設計図に過ぎない。反音楽史でも、作曲家と演奏家の年収の作曲家や聴衆の興味の対象について、記載がされていた。作曲家が自作を演奏することは可能であるが、それは、一人で演奏できる楽器に限られる。オーケストラで自作を指揮することは、また、違う行為となる。
　また、音楽には、作曲家と演奏家がいれば、それで終わりではない。聞き手の存在が必要となる。音楽は聞き手の存在によって、完全になるところが聞き手の受け取り方は自由であり、時代や環境によって大きく変わる。
　作曲家が書いた楽譜を、演奏家が解釈し、聴衆に訴えて成立するコンサートの音楽は、作曲家と演奏家の心の反映である。つまり聴衆との対話となる。そして演奏が終われば、聴衆は拍手かブーイングで応える。聴衆の心は我々変わりやすく、聴かないという自由もある。２０世紀に入り、レコード音楽が普及し始めると、聴衆の範囲は大きく広がり、それが評価の基準となる。
　ハイドンが生きていた18世紀後半は、音楽の伝達手段は、楽譜しかなかった。音楽愛好家が家庭で演奏するために、楽譜の需要は想像以上にあった。また楽譜が贈答用に使われることも多く、楽譜出版は作曲家にとって、有力な収入源のひとつであった。しかし著作権が確立していなかたので、偽作や海賊版も多く出回っていた。
　19世紀に入ると、それまで貴族や上流市民階級だけだった音楽が、一般市民に行き渡る。また文学や哲学への結びつきが強まって、ベートーヴェンに代表される自己主張の強烈な音楽に聴衆が関心を抱くようになる。それはまた、楽器、特に、鍵盤楽器に大きな変化をもたらす。それとともに、リストやパガニーニなどの超絶的な技巧の演奏を聴くばかりでなく、見て楽しむ傾向も現れる。これはモーツァルトが神童と言われた時代と同じで、一種の見世物的な間隔とも一致する。また、オーケストラの編成が大きくなり、ワーグナーやベルリオーズの様な、巨大な音楽こそ芸術の極みである様になった。　そうなると、モーツァルトやハイドンの音楽は軽いとされ、コンサートプログラムでは、前座を飾るものになってしまう。もはや２１世紀の現代は、ハイドンの生きていた時代の当時のコンサートとは、大きく様変わりをしている。

反音楽史　20
(２０)その２０　譜面審査と追創造
　１８世紀は、音楽に関して、批評であつかっているのは、主に、上演（演奏）されたときの批評である。まだ、その頃は音楽を譜面の上に固定して、それを分析して優劣の評価を与える考えはなかった。人は実際の音楽を聞いてその印象を述べ合っていた。それに対してシューマンの演奏評とは別に譜面審査の道を開発した。作品の良否は譜面で判定する。クラッシック音楽の批評家は今でもその譜面の上に、書かれた音楽を調べその技法や作曲者の意図を審査の対象にしている。
　しかし譜面に書かれた音楽のスケルトンを見て、実際に演奏されたときの様子を完全に自分の耳に思い浮かべることが、何人もいるのだろうか？　まずは、その譜面を読み、それから音を思い浮かべるためには、特別なな音感とか、想像力といったものが必要になろう。
　音楽のプロたちでも、そんな芸を持っているのは、そう多くいない。ましてや、普通の人間には、譜面とは　ちんぷんかんぷん　の代名詞である。シューマンともなれば、簡単に譜読みをしただけで管弦楽の轟く音を頭の中で鳴らすことができたのだろうか？彼の持論からすれば、イエスとなろう。しかし、シューマンは「うっかり」口を滑らしている。本物のスコアを持っていないで、リストがピアノ用に編曲したベルリオーズの幻想交響曲の譜面を見て、分析を進めているとき、途中でこんなんことを発言する。「ベルリオーズの偉大にな変化に跳んだ音の効果やコントラスト、音色の組み合わせなどを頭の中で完全に思い描くことは、どんなに想像力の発達した人にとっても、極めて困難であろう」
　つまり、実際に聴いてみなければ、譜面だけではどんな響きがするのか分からないと、彼自身が言っている。（リストのピアノ用の編曲の譜面には、使用される楽器の名前が殆ど、フレーズごとに書き込まれているにも関わらずなのに）
　ブルックナーやマーラーでも、自作の交響曲を演奏（リハーサル）してみては、自分の思惑と違っていた箇所を訂正している。音楽は音になって初めて、わかるものになる。それやこれやとすれば、音楽史というのは、作曲家史あるいは作曲技法史と言うべきかもしれない。
　モーツァルトは、自作の曲をどう変えて、歌うかをコーチした譜面をわざわざ書いて歌手に与えていた。そこでの作曲家とその譜面の価値はかなり低く、歌い手（演奏家）のほうが、はるかに重要な問題だった。実際、当時の年俸を見ても分かる。宮廷楽長クラスになれば、別だが、作曲家でもさえも、一般に歌手と比較して年俸が低いのは、このコーナーでも何度も記載をしてきた。
　今でも、音楽が生きている世界、つまりクラシックという特殊なジャンルでなく広く一般の人たちが楽しむ音楽の世界でも、歌い手と題名は知っていても、作曲者の名前を知る人は少ない。おそらく音楽のありようによっては、こちらの方が正常で、健康であると思われる。作曲家はあくまで、シナリオ・ライターであり、譜面と言う台本を作ったあと、これを料理するのは、監督や出演者の仕事である。作曲の魅力は、後から付いて回るに過ぎない。
　「悲しい酒」は美空ひばりのために書かれた作品ではなかった。最初にレコードを吹き込んだのは、別の男の歌手だった。それはヒットせず、後に、美空ひばりにより、100万人の愛唱歌になった。音楽は、譜面から音を再生するときに、音楽になる。その際に、演奏演奏する（歌う）人の行為は、追創造と呼ばれ、一緒の創造行為である。この追創造の良し悪しによって原曲が左右されるのは、「悲しい酒」が典型的な例である。

反音楽史　19
(１９)その１９　シューマンとソナタ形式
　ベートーヴェンの死後、その遺した音楽を持ち上げ、その伝道に力を尽くし、音楽を毒なものと聖なるものに分け、後者を称揚するため、批判を書き続け、その後の音楽批評の尺度を作り上げた作り上げたのは、ドイツ・ロマン派のシューマンであった。ショパンのソナタの批評を書きながら、ソナタ形式を最高の音楽形式として称えた。また、ソナタを含めて、形式を重視するのが普遍的なドイツ流の考え方で、歌の好きなイタリア人を斬っていくのも、シューマンから始まっている。交響曲という用語は、器楽の世界で到達した最大規模のものを称えた。その後のドイツ音楽が進む道は、重・厚・長・大への道を歩む。ワーグナー、ブルックナー、ブラームス、マーラーに受け継がれる。
　形式において、１８世紀に起こったドイツ哲学の理屈っぽさから流れ出た音楽鑑定術が、これに相当する。シューマンからすれば、音楽から受ける感動のほどを測って決めるのではなく、書かれた曲の形式や作曲家曲技術を審査し、作曲者の狙いや精神を探ることに行う。こうして音楽を譜面審査という方法で図るのが、今でも音楽の審査の基準にもなっている。（ただし、全ての音楽がこの様な譜面審査の基準が根底にあるとは、私は考えにくいが）
　この考え方によると、仮に100年も歌い継がれた民謡がいいものか、悪いものかを審査しようとしてもできるものではない。１つの歌が歌い継がれていくとすれば、その歌には、多くの人の心に、なにかを呼び起こす力があるに違いない。そうした歌を、優れた歌と呼ぶのも差し支えないだろう。その小さな歌は影響力からして、ベートーヴェンの第５交響曲よりもはるかに大きいといえるかもしれない。しかしこの種の民謡は、形は小さいし、作曲者の意図などは知るすべもない。作曲技法は最も原始的なもので、シューマン流の審査基準からいえば、問題にもならない。
　ソナタ形式は、対立する２つの主題からできている。それは弁証法にいう、２つの命題、テーゼ（主命題）とアンチテーゼ（対立命題）に相当する。これらがソナタ形式では提示部で提示され、展開され、そこで葛藤が行われる。それらが再現部で解決され止揚されたものになる。それゆえ、ソナタ形式こそは、弁証法を体現したものといえ、あらゆる、音楽形式の中で、もっとも優れた形式と詠っている。　だからこそ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ブラームスに続くドイツ器楽音楽の大家たちは、みなこのソナタ形式を用いて、彼らの交響曲、室内楽曲、器楽のソナタなどの第１楽章を書き、それらの器楽音楽を偉大なものにすることだできた。
　一見して、この論理は、旨く適用するように見える。そして現代でも、まことしやかに、振り回す人もいる。しかしこれが、いかに、ただの「こじつけ」であることがバレル。たとえば、シューベルトの最後の交響曲　ハ長調の長大な第1楽章。ここでは、対立だの、葛藤など、止揚だといった弁証法の用語は、だれも聞き取れないだろう。２つの主題は、ある程度、対照は見せるが、ともに、天上的なゆったりとした雰囲気を持ち、両者が調和と均等の中にあることは、だれの目にも明らかである。
　また、ハイドンは副主題を第1主題の派生系、つまり分身として作ることもあった。そうなると、そこには対立も葛藤もなく、両者は一つの穴ののムジナになる。

反音楽史　18
(１８)その１８　楽譜の流出と雇用関係
　１７６１年の副楽長就任の際、第４条に、「殿下の承認と許可なしに、他人のために作曲してはならない」と記載がされていた。この文言が一人歩きをして、侯爵以外のために、作曲してはならないとの認識が広まる。晩年の回想記でも「ひたすら、主人のために、作曲を一生していた」と知られてしまうことも多い。邸外での活躍は、交響曲を含む、器楽曲の創作にも反映されている。
　しかし少なくとも１７８２年までには、既にハイドンの交響曲は、エステルハージ宮廷には不要のものになったようである。１７７９年には、ウィーンのアルタリア社と出版の契約を結んでいる。その年の１７８２年以降、No.７６番以降は、外部のために作曲家された。
　一方、宮廷も、作曲家としてのハイドンを迎えたのではない。元々、１７６１年の雇用契約でも、作曲家としてだけでなく、宮廷音楽全体の所轄を任されていたのは、前記（３）にも記載したとおり。特に楽長に就任して、オペラを中心に音楽監督の様な仕事になってからは、その分、作曲も減ってしまう。こうしてみると、１７８０年代に入ると、給与の受給者として雇用者に当然、拘束はされていたが、音楽家としては半ば、半分は独立した存在であった。それを支えたのは、ロンドン、パリ、ウィーンのの出版社と、それを通じて、その存在に驚喜していった台頭する市民階級であった。オペラ時代以降は、常に、外に向けた聴衆を意識しての作曲にシフトしていく。これまでの音楽史研究家は、大作曲家とされた人物の芸術活動を中心にすえて、それを歴史記述の理由にするだけでなく、物差しにしてしまう嫌いがあった。その結果、音楽活動を主快適形成の全体に位置づけず、翻って音楽活動の実質を捉えきれないことが、無きにしもあらずだった。

反音楽史　17
(１７)その１７　ウィーンでの演奏会とサリエーリ
　先ほど、ウィーン音楽家協会について、記述をした。サリエーリは、ハイドンの作品をを度々、演奏している。有名なのは、ハイドンの晩年の天地創造等の演奏であろう。１８０８年３月２７日同協会が「天地創造」のイタリア語版をウィーン音楽講堂で演奏した。この日は、朗ハイドンが主賓として招かれた。トランペットとティンパニの輝かしいファンファーレとともに、エステルハージ侯爵夫人とサリエーリの先導で会場に姿に現すと「ハイドン万歳」の歓呼で迎えた。続ハインリッフ・ヨーゼフ・コリンとカルパーニがそれぞれ、ハイドンを称える詩を朗読し、続いて、サリエーリの指揮で演奏が行われた。この演奏会のおいて、冒頭の「光ありき」の部分で、壮麗な総奏が響き渡るとハイドンは手を上げ「あの高みより！」と叫んだエピソードとしても知られている。
　この日の天地創造について、グリージンガーのハイドン伝では（１８１０年）　「サリエーリの指揮による演奏は、あらゆる点ですばらしいものであった」とされている。しかし４月２０日付けの「総合音楽新聞」では、「演奏そのものは、すばらしくなかったが。　（中略）　けれどもそれがすばらしいとされたのは、ただそこに、天地創造の創造者が列席していたためである」と皮肉な意見を載せている。４月１０日と１１日　同協会の慈善演奏会がブルク劇場でも行われ、サリエーリの指揮でオラトリオ指揮が演奏された。
　逆に　ハイドンはサリエーリの作品を上演している。1780年ハイドンはエステルハーザで、「やきもち焼きの学校」を披露した。この作品は、当時、大成功を収め、ヨーロッパ各地で上演された。

反音楽史　16
(１６)その１６　ウィーン音楽家協会とは
　ここで、別な文献からの引用を記述。先ほど音楽家協会協会について、記載をした。水谷彰良著「サリエーリ　モーツァルトに消された宮廷楽長」から。イタリアの作曲家でウィーンでハイドンと同じ頃に活躍していた、サリエーリに関する本からの引用。サリエーリはガスマンの弟子として、幼少の頃から神童として注目されていた。その師匠であるガスマンは、清廉な人物として知られ、サリエーリ以外にも優れた才能を見出して、音楽教育を実施した。ガスマンはサリエーリの人格形成にも寄与し、慈善活動や教育者としても実践する活動の模範とされた。
　ガスマンは、ウィーンの最古の音楽協会である「音楽家協会」を1771年に設立した。その協会の副会長を務めた。なお、同協会は別名「ウィーン音楽会未亡人と孤児の会」といい、各自150フローリンの出資金を拠出して会員となる。年会費１２フローリンを払い続けると、会員が病気や貧窮に陥った際には、見舞金が。また、同人がなくなったときは、その未亡人と遺児に年金が支給される共済制度であった。皇帝の認可を受けた同協会の会長は、パトロン貴族の名誉貴族であったことから、実質的な運営責任者は副会長のガスマンが務めた。
　ガスマンは、1772年３月29日に開かれる同協会の第１回慈善演奏会のために、オラトリオ「解放されたベトゥーリア」を作曲し、２００人の音楽家によって演奏され大反響を呼んだ。慈善演奏会の純益は、会員の年金基金に充てられることから、ウィーン中の音楽家が無報酬で出演した。これ以後、イタリア語のオラトリオを毎年４句節と待降節に演奏する慣行ができた。（イタリア語以外の作品が認められたのは1791年から）
　ウィーンの作曲家にとって、同協会からの作品依頼は大きな栄誉であった。また、そこで発表されるオラトリオは、作曲家の知名度や評価の指標になった。ガスマンの死後、副会長職は、新宮廷楽長　ボンノが就任。1781年～82年　ボンノの病気が悪化したことから、これ以降、実質的な運営者はサリエーリとなり、1788年から1824年まで従事する。ハイドンはボンノが会長をを務めた1778年に、同協会への入会を打診した。しかし、ウィーン在住でないのを理由に、許可されなかった。この巨匠に対する非礼はハイドンを激怒させたが、サリエーリが責任者を務める1797年に入会金免除の特例で迎えられている。

反音楽史　15
(１５)その１５　オラトリオ　トビアの帰還と交響曲
　　音楽の友社　名曲ライブラリーのハイドンの生い立ち（大崎滋生）の部分で、ハイドンの生涯を概観するに、交響曲の作曲順番はオペラの関連が大きいと思われる。１７６６年頃からエステルハーザ離宮の主要部分の完成に向かう。１７７２年夏ころから、オペラ劇場では、巡演一座による演劇の定期的な上演が開始となる。（ドイツでは、オペラ専用劇場が殆どない。このため、各地を巡業する）１７７６年ー１７７８年の３年間は、交響曲は僅か３曲しか作曲されていない。
　一方、１７７５年、　ハイドンは、復活祭の祈りに手兵を連れて、ウィーンに乗り込んで、「音楽家共済協会」のチャリティーコンサートで、伝統的なイタリア語オペラ「トビアの帰還」を上演している。その直後「経歴素描」において、このオラトリオと３曲のオペラ及び「スターバト・マーテル」を代表作にあげた。それまで７０曲以上作曲してきた交響曲には一言も触れていない。その当時交響曲の人気がオラトリオやオペラほどではなかったのも、この発言から垣間見れる。
　中野著　ハイドン復活によると、このオラトリオは、晩年の天地創造と四季のものとは、全く異なり、ナポリ派を中心とする、スタイルになっている。１７７１年、ウィーンに音楽芸術家協会が創設され、この協会は、毎年、イタリア語の演奏会を開催していた。ハイドンは、この協会に入会するため、作曲をした経緯がある。さらにさかのぼれば、この題材は、バロック時代の作曲家に好んで取り上げられていた。ハイドンが音楽修行を重ねる前、１８世紀の前半のウィーンでも、３人の作曲家が上演されていた。その中の一人は、少年時代のハイドンがシュテファン大聖堂で直接教えを受けた　ゲオルク・ロイターだった。ウィーンではなじみの深いものだったこと。また、当時は、ナポリ派が流行していたのは、自然の成り行きだった背景がある。
　従って、ハイドンの交響曲は、やはり、当時と同様に、フレームの位置づけだったかもしれない。１７７０年代の前半頃までは、楽譜出版社と正式契約はしていなかったと思う。そうなると、特に、オペラ時代に入る前の交響曲は、原則として、エステルハージの中でしか、演奏の機会がなかったのは、明らかになる。このため、試行錯誤を繰り返しながら、侯のために、作曲を継続していたに、違いない。

反音楽史　14
(１４)その１４　オペラ演目
　1766年にエルテルハーザ離宮の主要部分が落成する。（庭園を含めた新宮殿は、その後、約20年を要する）1768年にはこけら落としとして、ハイドンの薬剤師が上映される。しかしながら、常設のオペラ団はまだなく、間に合わせの歌手で対応した。1773年は、オペラ劇場の反対側に人形劇場も完成し、ハイドンはこのジャンルにも取り組む。　
　1772年の夏ごろからオペラ劇場では、巡演一座による、演劇の定期的な上演が始まった。ハイドンは幕間の音楽の作曲も入る。侯爵はこうした娯楽性を強化し、あでやかさを加えるため、1775年から76年に巨費を投じて、楽団を一気に、倍の２５人に拡大した。声楽も歌手人と各声域を取り揃えた。そしてハイドンはオペラ監督になる。
　ハイドンは、毎年、オペラを作曲するほか、イタリアやウィーンの評判オペラを次々に上演する。この辺りの記述は、中野著　ハイドン交響曲にもかなり詳しくが記載されている。具体的に、ハイドン以外に、どの演目があったのか、気になっていた。
　この頃のヒットしていたオペラは、その筆頭は、イタリアの作曲家チマローザ（'1749－1801）であった。各地の上演記録音楽会の記録などを見ると分かる。（当時の音楽会のプログラムはの中心は声楽だった）ハイドンは、チマノーザのオペラを少なくとも１２タイトルは、レパートリーに入れていた。
　オペラ時代に、ハイドンの交響曲が少なかったのは周知の通りである。1778年は、完全な上演リストが残っている。楽団の出番は下記の通り。この頃に、オペラが中心の演目で交響曲の作曲が少なかったかが、分かる。
1778年
　演劇の伴奏：２４２夜（そのうちオペラの上演　５２夜）
　オーケストラの演奏　３夜
同様に、中野著でのその前後の演奏会に記録も下記の通り
　1776年
　１７のオペラをハイドンは125回に渡って指揮。
中野著　ハイドン復活の歌劇の部分の記述から
　1776年～1990年までの14年間　エステルハーザ宮殿初演された歌劇
・ハイドンの作品をを含めて88曲。
・新たな演出で作曲された作品　６曲
・以前の演出で再演された作品　１０曲
・指揮した歌劇の作品
　チマローザ、バイジェッロ、ピッチンニなどのイタリアの作曲家
　ガスマン、ディッタースドルフなどのウィーンの作曲家
　グレトリといったパリの作曲家
　チマローザの名声は、モーツァルトを大きく引き離していた。モーツァルトは主として、その神童時代のピアノ演奏が有名で、そのため、大人になっても、ピアノの名演奏家としか評価されていなかった。ウィーンで独立したときも、彼はピアニストとして考えられていて、ピアノレッスンや貴族の邸での演奏などで生計を立てざるを得なかった。ウィーン宮廷でただ一人、モーツァルトの支持者といえるヨーゼフⅡ世でさえも、「モーツァルトは楽器の名人だが」の認識しかなかった。それに比べれば、チマローザは、６５のオペラを書き、その名声は、アルプスの北の津々浦々まで及んでいた。１９世紀になって、ロッシーニが出現するまでは、スターの座にあった

反音楽史　13
(13)その１３　宮廷楽士の位置づけ
　（5）にもハイドンの雇用しした宮廷楽士の様子について、程度の悪さは、料理人たちとヒケをとらないほど、　タチが悪いと記載をした。ベートーヴェンの父親は典型的な例である。無教養のノンベエで、飲んでは、家族を殴る。月給は持ち帰らず、飲み屋に巻き上げられるとあって、少年ベートーヴェンは、ボンの宮廷に直訴して、月給を父に支払わず、自分に渡してくれるように嘆願し認められた。
　ハイドンの使えたエステルハージ楽団にいたイタリア人のヴァイオリン奏者は、酔っ払いであった。ハイドンはその女房に同情しているうちに、その女とできてしまった。ついでに、自分の女房も死んだら結婚しようと、女に約束手形を与えたとされている。1761年　エステルハージ副楽長の採用の契約書では、前記（３）にも記載したとおり、喧嘩の仲裁も仕事となっていた。20世紀になっても、戦前のヨーロッパの高級ホテルでは、音楽家、俳優、その他劇場関係者などは、立ち入り禁止にされていた。
　L．モーツァルトは、ザルツブルクを解雇になり、新しい就職先を探す旅に出たモーツァルトに、父親は前夜、宮廷で楽士達が酔って起した事件について、報告している。音楽会が終わると、皆が酔っ払い、互いに肩を抱き合って部屋の中をつながって歩き、蜀台をたたく。しまいには、天井にぶら下がっている大きなシャンデリアまでたたいたものだから、真ん中のガラスの皿やその他の部品が壊れてしまい、ヴェネチアに修理を出してしまった。
　もちろん　Lモーツァルトは、このような下品な楽士たちにの仲間には加わらない。しかし宮廷楽士の大半は譜は読めるが、字は書けないような手合いだった。
ウェブアニメータ2014年1月31日追記。話は、少し外れるが、当時の、各国の識字率については、興味が深い。私は、吉村昭著の歴史関係の愛読をしている。この当時は、日本では江戸時代の半ば。当時の日本は鎖国政策と取っていて、殆ど、外国との接点はない。日本人のごく一部が漂流民となって、外国へたどり着くのが、唯一との接点であろう。ロシアで漂流し、無事に帰国できた、大黒屋光太夫は、その一人。井上靖著、「おろしや国酔夢談」を昔、読んだが、吉村昭も同じ様に「大黒屋光太夫」を執筆。それれらに関連した中で、当時の日本人の読書きや識字についての記載が間接的に触れられている。藩の米を江戸に運ぶ船が難破し、ロシアのエカテリーナ女帝に謁見し、日本に帰国した。その時期は、1782年から1792年で今回の年代に比較的近い。
　当時の船は、帆で航行し、船の乗員数は１６人。その中で読み書きが堪能であったのは、光太夫であった。しかしながら、他の乗組員も読み書きができる人が多かったと記憶。当時の日本の識字率は、かなり高かった。それに対して、日本以外の諸外国では、識字率が、かなり低かったと思う。

反音楽史　12
（１２）　ロンドンコンサートプログラム
　（６）のシンフォニーのフレームで、コンサートのプログラムは位置づけについて記載をした。ウィーンでの1783年　3月31日　モーツァルトの公開音楽プグラムで、ハフナー交響曲が演奏されたのは、かなり知られている。ここでは、10曲の演目のうち、ピアニスト　モーツァルトが興行を目的としたものなので、ピアノ協奏曲　K415とK175の２曲が演奏されている。それでも、半分は、モーツァルトのオペラ歌手のプログラムがある。
　　「交響曲の生涯」にも、１７６８年に、スイスのチューリッヒのプログラムの例もある。ここでは、第１部と第２部に分かれていて、第１部の最初と最後に、ハイマンとグラーフの交響曲。第２部の最後にグライナーの交響曲。それぞれの間には、ハッセ作曲のアリア「気高い花婿、美しい君よ」のアリアなどがある。しかしながら、ここでもシンフォニーはフレームで、演奏家の独奏がメインであった。
　　一方、1791年のロンドンのハイドンコンサートのプログラムはどうか。ハイドンの招聘前にも、　バッハ　アーベル　コンサートを企画し、好評を得ていた。　当時のイギリスは繁栄し、海軍国として経済力では、大陸諸国を大きく引き離していた。そこで支払われる金の価値は、大陸の何倍にも相当したから、田舎の楽長には、生まれて初めて、気の遠くなるような大金を提示された。
　1791年3月23日　ハノーヴァー・スクエア・ルームのザロモン主催のコンサートプログラムでは、第1部と第2部に分かれている。第1部と第2部の冒頭に、ハイドンの交響曲が2曲演奏されている。第1部と第2部を合わせれば、３時間以上もかかろうという大規模である。ここでの交響曲は、フレームとしては構成はされていた。しかしフレームといっても、ウィーンなどと違って、パリやロンドンといった都会は、これらの交響曲は、早い時期から、鑑賞の対象になっていた。聴衆の方からみれば、枠外であろうとなかろうと、ハイドンの大序曲＝交響曲を、お目当てに聴いていた。
　ハイドンは、サービス精神に溢れた作曲家で、客を喜ばすことを念頭に作曲していたのは、周知の通りであった。特に、ロンドンでの交響曲は、極めてうまく作曲され、洗練され、ウイットに富む旋律をはじめとした効果が満点であった。コンサートの目玉は、やはり、３人の人気歌手が、それぞれ１曲づつを歌い、最後に３人が一緒に、３重唱を歌って、お開きになっている。また、いろどりとしての器楽は、ヴァイオリンとハープの協奏曲が演奏されている。

反音楽史　11
(１1）　その１1　音楽会と交響曲の位置づけ
　ウィーンなどでは、さぞかし昔から音楽会が行われたと思いこみがちである。パウル・ベッカーは１８世紀のウィーンを音楽の都とと定義した。しかし音楽会なるものは、それほど数が多かったものではない。ハイドンの時代のウィーンにおける音楽会　という研究書を書いた　メアリー・スー・モロウ　によれば、18世紀の後半の公開演奏数はおおよそ、以下のようであった。
1761年：6回
1762年：１回
1763年：５回
1764年：１回
1766年：１回
1770年：１回
　１０年間のコンサートの数は　、わずかに15回である。多少の見損じがあるかもしれないが、仮に、この2倍としても、10年間にわずか30回である。それ以前には、音楽会はアルプスの北では、存在しなかった。ヨーロッパの国では、一般的に、次ぎの期間は、劇場は閉鎖されることになっていた。
１．待降節　　クリスマス前の４週間
２．４句節　簡単にいえば、復活祭の前の４0日間
　そのほかに宮廷の喪の期間、夏休み、キリスト教その他の祝祭日がこれに加わる。この長い劇場の休止期間中は、せっかく高給で雇ったイタリア人の宮廷歌手たちが、暇で、ブラブラしていることになり、もったいない。彼らを活用しようと考えだされたのが、貴族の私邸を中心にした音楽会であった。
　最初のころは、オペラのアリアなど、こうした謹慎期間中に歌わせるのは、教会の手前、憚られた。音楽会は、宗教的音楽劇　オラトリオを中心に、プログラムが編成されていた。その音楽会は開始の前にオペラのアリアと同じように、オーケストラによる序曲が演奏された。（このあたりは、前記の（6）を参照）最初の頃は、音楽会専用の序曲がなかったので、適当にその辺りのオペラの序曲を転用や流用していた。
　このため、音楽は、１にカトリックの教会、２に劇場、３に王侯貴族の宮殿は私邸で演奏された。私邸の演奏は、古くから行われていて、それを公開し、入場料をとるようになったのが、音楽会と考えてもよい。18世紀以前のスターは、圧倒的に声楽家であったのは、前記したとおり。

反音楽史　10
(１０）　その１０　協奏曲の誕生
　上記（９）のところで、オペラの成立について記載をした。ルネッサンスはイタリアから始まり、そこに起こった芸術は学問は、アルプスを越えて、北の方へ、少しずつ波及していった。音楽の技法は、アルプスの北にも、もたらせるが作曲技法や演奏家（歌手)の面でも、北の諸国は、輸入国にならざるを得なかった。当時の宮廷演劇はギリシャ・ローマ時代の英雄的な悲劇を中心とした題材による芝居だった。題材そのものは、高尚で教化的であったが、観客である貴族は、人格が高潔で趣味が高尚であったとは限らない。なによりも娯楽であるべき　お芝居　の正解には、それなりの眼の保養、耳の保養、口の保養が求められた。
　　一方、当時のイタリアが、仮に声楽に優れたとしても、器楽に関しては、ドイツと言う印象が思われるかもしれない。しかし、器楽の面においても、圧倒的に優位に立っていたのは、イタリア人であった。ヴァイオリン演奏家でも、多くのドイツの宮廷では、楽長職はもちろん、コンサートマスター級の奏者を高給で招聘していた。１８世紀までには、歌や踊りの伴奏をする　ヴァイオリン属は、どの楽器よりもよく鳴り、よく響くので、オーケストラ一族の主流になっていく。ただ、音が大きく、表情が「あつかましい」というので、王侯貴族の女たちの部屋からは敬遠された。彼女らが自分の歌の伴奏用として愛した楽器やギター、マンドリン、小型のチェンバロなどであった。
　モーツァルトが1770年　当時の歌手たちを音符で記録している。今の人の眼には、超絶技巧と言うべき発声の技術を当時も持っており、難曲をこなし、その音域は３オクターブを持っていた。それに比べると、楽器は全て見劣り、せいぜい伴奏の役しかなかった。
　実際、演奏家の年俸の器楽の奏者は歌手と比較して低かった。(年俸ひとつをとってみても、歌手と奏者では格段の差が当時はあった）
　その後、イタリア人の声への挑戦が始まり、声楽をしのぐ演奏をする人たちが出てきた。歴史に残る名前として、トレッリ、ヴィヴァルディ、マルッチェロなど。この人たちは、声楽にも優る、みごとな響きを聴かせた。そうなれば、楽器の名人たちが、まるでオペラ歌手と同じように、オーケストラを伴奏にして、至難のアリアを歌いまくる革命的な曲が出現する。これをコンサート　concerto　用の曲、　つまり協奏曲と呼ぶようになった。１楽器の身分で人の声をしのぐような離れ技を聴かせる。それは、有史以来、初めての、だいそれた革命的な事件であり、名人奏者がそれを可能にした。１８世紀も後半になると、振興楽器のピアノも仲間入りし、協奏曲は花盛りのジャンルになる。

反音楽史　9
（９）　その９　ソナタ形式の祖
　アルフレード・アインシュタインは、ハイドンは、彼がソナタの作者であったところにある。それまでは即興的で定形のなかったあらゆる器楽に、彼はソナタという具体的な形式を与えた。こうして尊敬に満ちた発言をみると、いかにも、ハイドンがソナタ形式の創始者であるような標記である。しかし、この形式は、クリスチャン　バッハ　も既に、ハイドン以前に使っている。彼はソナタ形式をイタリア留学時代に学び、ロンドンに訪問してきた８才のモーツァルトにも教えている。
　むしろ、ドイツの史家たちが、ソナタ形式を金科玉条と考えている。１８世紀という絢爛とした宮廷文化の華というべきオペラからみれば、ハイドンの主要な武器である器楽という分野は、マイナーであった。ハッセ、ヘンデル、クリスチャン・バッハなどの華々しい国際的な檜舞台での活躍ぶりとは比較にならない。ただ１９世紀の前の間に、形成されていく音楽史の中で、器楽がオペラを押しのけて最重要な音楽ジャンルに据えられる日がくると、ハイドンは、器楽の祖の地位が与えられる。
　そもそもソナタ形式の源流の３部形式　は、イタリアの　ナーポリを音楽の聖地に位置づけたアレキサンドロ・スカルラッティ（1660-1725）に起因する。彼は１８世紀にオペラ様式のスタンダードなモデルを作り上げた。当時オペラは生まれて１世紀を経ようとしていた。聴衆の好みは、朗唱ふうに歌われるドラマとしてのオペラから、名歌手たちの声を聴くオペラの方向へ向かっていた。そのためには、１つのオペラの中に、５０も６０も入れ込めたアリアを整理し、数を減らして時間なりのバランス良くまとめる必要が生じた。
　最初の頃は単純な形をしていたアリアは、時間の流れの中で、形の複雑化が進んできた。一本調子からの脱却は、聴き手と歌い手の双方からの注文であったと推定される。アリアはA、A"(Aダッシュ）から始まった後半に変化を与える。それからA・Bの２部形式になり、その変化形としてA・Ｂ・Ｂ”などの形式も生まれた。その中でスカルラッティの天才的な感覚は、ＡプラスBの２部形式をさらに推し進めて、Ａ・Ｂのあとに、もう一度、最初のＡを繰り返す、　A・B・Aのの形が理想であることを発見し、以後、一筋に、このアリアの形を推し進める。この形はいつともなく、ダ・カーポアリアと呼ばれるようになり、オペラアリアの基本となった。　分類好きのドイツの学者たちは、この形式に倣ったオペラを「ナーポリ派」の作品とするが、派などはなかった。スカルラッティと言う一人の天才の後は、その模倣者があっただけである。

反音楽史　8
（８）その８　マンハイム楽派の幻想
　このコーナ－No.１３　交響曲の生涯（５）に、このマンハイム楽派の特徴を記載してある。アインシュタインの記述では、1742年　J．シュターミッツがマンハイムにやってきた。彼自身や同僚の作曲家、弟子達が作ったスタイルは、マンハイムを中心として速やかに広がって、各地に影響を与え、この時からの後の交響曲やソナタの主導権はドイツに移った。パリは全く驚異の念に打たれ、ドイツとの競争を断念してしまった。この誤った記述こそ、典型的なドイツ史観と言えると記述している。
　しかし実際には異なる。オーケストラのダイナミズムの面白さを最初に楽しむことを覚えたのは、ロンドンやパリといった先進の都会の聴衆であった。彼らに支えられて、これらの都会、特にパリで、音楽会用序曲におけるダイナミズムの面白さが発掘された。その傾向が最初に飛び火をした先が、マンハイムであった。　パリのコンセール・スプリチュアルは、１７２０年代に始まった。一方J．シュターミッツがマンハイムに来たのは、1742年でその後となる。この原因は、マンハイムの領主が、フランス「かぶれ」で、よろずフランス式を尊び、模倣しようとしたからによる。ドイツの宮廷人はフランス　コンプレックスがあった。全ての点でフランス式を尊び模倣した。日常的にフランス語を話し、外交語はフランス語であった。大国オーストリアにおいても当たり前のことで、ヴェルサイユ宮殿を模してシェーンブルン宮殿が建てられた。ハイドンのいたエステルハージ家の離宮エステルハーザも例外ではなかった。諸々の諸侯は、それぞれの財政の許す範囲内で、自分の領地に作ろうとした。
　この音楽好きのカール・テオドール選定侯はフランス趣味を音楽の上で再現してくれるようなスタッフを養成するため、イタリア人の音楽家を雇う代わりに、ドイツの演奏家や作曲家を登用した。グルックがある時期、ウィーンで登用されるようになるのも同じ流れだった。
　当時のクレッシェンドは２小節以内の小さなものが普通であった。後のベートーヴェンのような「しつこい」クレッシェンドというものはなかったが、マンハイムでは、かなり長いクレッシェンドを効果的に使うのが評判であった。この技法は、マンハイムから遠くないシュトゥットガルトの宮廷楽長　ニコロ・ヨンメッリの好んだスタイルだった。このような構図が分かれば、マンハイム楽派などというものななかったし、その作曲が独創的なこともなく、単なるパリの模倣でもない。
　しかしながら、オーケストラの訓練、特にヴァイオリンの奏法を指して、マンハイム流と言ったのである。これを豊富な作曲家の一派にすり替えてしまったのは、　フーゴー・リーマン（1849－1919）のドイツの音楽学者であった。彼は著名な音楽辞典の編者であり、、この一派が後の「ウィーン古典派音楽」つまり、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなどの直接の源流なのだと極めつけた。
　なお、マンハイム学派に関しては、「交響曲の生涯」でも、無理な点があることを記載されている。すなわち、Menuetを第３楽章に採用した点をとっても、バッロク時代から組曲として普通に既にあったこと。サンマルティーニやマンハイム学派とほぼ同時期のウィーン前古典派の交響曲にも、見られていたことが記載されている。

反音楽史　7
（６）　その７　シンフォニーのフレーム（このあたりは、前述、紹介した交響曲の生涯と共通することが多い）
　ハイドンの頃のシンフォニーといえば、音楽会の初めと終わりに演奏されるもので、丁度、オペラの序曲のようなものであった。初期の音楽会の冒頭では、オペラの序曲が流用されいたが、それは単なる、ガヤ沈めの音楽のつもりであり、だれも聴き耳を立てなかった。それが、パリのコンセール・スピリチュエルのような「音楽会」をシリーズで行う組織が栄えてくる　(１７２５－１７９０）　これにともない、メインプログラムの宗教音楽のほかに、シンフォニーのようなオーケストラ音楽にも人々の注目が集まってきた。
　ロンドンでは、ヘンデルが、オペラの前に、オルガンの腕を活かして、オルガン協奏曲の演奏のサービスをしていた。ロンドンのハイドンのコンサートでも、声楽曲と同じように、シンフォニーなどの器楽曲に対しても注目が集まっていた。先進地の都会では、ドイツやイタリアを差し置いて、大衆がいち早くオーケストラ音楽の面白さに目を向けだした。
　その魅力とは何か？　まずは、フォルテからピアニッシモにいたる音量の変化が出せる。ささやくようなヴァイオリンの弱奏のあとに、ドカンと４０人ほどの全員がフォルティシモにいたる音量がでてくる。というまもなく、また、ささやくようなチェロの低音に替わる。このような芸は、他のジャンルの音楽ではできない、オーケストラのみに許された特権であった。イタリア人がオペラという声の官能性にうつつを抜かして、伴奏のオーケストラに注意を払わなかった時代に、イタリア語の歌の魅力にイタリア人ほど反応できない連中があったのは、自然のなりゆきであったかもしれない。

反音楽史　6
（６）　その６　ハイドンの師　C.P.E　バッハ
　モーツァルトの伝記に執筆者でも有名な　アルフレード・アインシュタイン　の　バッハの息子　カール　フィリップ　エマヌエル　バッハの記述を見てみる。大バッハの第２子は多種多産であったが、北ドイツの革新家としてもっとも影響力の強かったのはクラヴィーアのためのソナタであった。彼のソナタは「多感時代」のもっとも豊穣な証拠であった。それは、ため息　と　こだま　と溢れる涙に満ち、早い第１楽章は、コケティッシュとは言わないにしても、驚異と斬新な細部に満ちていた。　そして彼は、ハイドンその様式を伝えた人物として賞揚される。
　古典はの３巨匠のうち、エマヌエル　バッハの影響をもっとも喜んで受け入れ、それを明らかに認めたのは、最年長のハイドンであった。　しかしながら、この記述は正確ではない。ハイドンは　エマヌエル　バッハと顔を合わせたことはない。貧乏で全ては独学のハイドンであったので、彼の曲集を１冊か２冊かは持っていかかもしれない。後年、伝記作者たちに、自分の半生を語ったと変わっていった。

反音楽史　5
（５）その５　当時の職種の年俸
　宮廷楽長の年俸に合わせて、当時の他の職種の年俸の記述も面白い。1706年　21才のヘンデルは、ハンブルク劇場をやめて、イタリア留学の旅にでる。当時のドイツ人は、音楽家として成功するためには、イタリアに行くことであった。
　ヘンデルの伝記作家　マナーリングは、ヘンデルは自分でお金をため、実行したと記述しているが、これは信じがたい。なぜなら、当時の下級楽士の給料などは微々たるもので、旅は極めて高くついた。プラフォードという研究家によると、「腕のよい料理人や男の召使の給与は、１８世紀の後半でも年俸１５グルデン。経験により１２～３０グルデンの差があった。当時のお抱え楽士たちと料理人や召使の大部分は似たようなものであったから、ハンブルク劇場の１楽士のヘンデルがもらっていた給料も大差がないと推定される。
　一方、そうした安月給に対して、旅は１日につき、９グルデンと高価であった。モーツァルト親子の旅は１日９グルデンと記

反音楽史　4
（４）　その４　青年時代の苦労　　
　チュコのルカヴィーチェ　モルティン伯爵に採用される前の17才から27才までの下積みのウィーンでの生活は、余り知られていない。伝記作家たちは、晩年のハイドンが折節に漏らす回顧談を伝記で形に記録をしているが、確かなことは分かっていない。この本では、当時の主な収入は、夜の「流し」と記述されている。イタリアでは、セレナータ（セレナード）といえば、男と女が「くどく」ために、窓の下に立って歌うものと相場が決まっていた。当時のウィーンでは、管楽器を交えた少人数のバンドが演奏したものであった。その目的といえば、女を　くどく　というものでなく、「音楽の出前」といった方が適する。良い音楽を街角で演奏していると人が集まってきて、楽士たちは「おひねり」をあずかっていた。
　たまたま住んでいた屋根裏部屋の記述も面白い。ヨーロッパの都市の建物は、1階は、商店や職人たちの仕事場に与えられ、２階から上が住居であった。エレベーターがないから、家賃は2階が一番高く、上に行くほど安くなる。貧乏人は上層階や屋根裏で暮らし、金持ちは２階で暮す。従って１つの建物に、金持ちと貧乏人が一緒に住んでいる構図が出来上がる。
　たまたま、ハイドンの住んでいた建物３階にウィーンの宮廷詩人　メスタージォが住んでいたことがあり、時折、屋根裏部屋でチェンバロを引いているハイドンの音がこの大詩人の耳に入る。そしてある日、この大詩人の友人の娘がピアノを習い始めるというとき、彼は屋根裏部屋のこの青年のことを思い出して、友人の娘を紹介した。後ににこの娘は　マリアンネ・マルティネスが著名なイタリアの音楽家で、声楽の教師としても知られた　ニコーラ・ポラポーラ（１６８６ー1768）に歌を習うようになったとき、ハイドンも彼女の伴奏役としてポラポーラの元に通うようになる。そのおかげでオペラの作品に接したり、イタリア語を学んだりすることができた。
　ハイドンはマルティネス嬢の縁で、一時期　ポラポーラの従僕を勤め、避暑地へも、お供をしたようだが、そのおかげで、グルックの雇い主のヒロトブルクハイゼン大公やその家族に接触できた。さらに、当時のウィーン宮廷で活躍していたワーゲンザイルやグルックといったドイツの音楽家とも顔見知りになった。それやこれや、定職がほとんどないままに、あちこちの様々な音楽のフリーターをこなすことが10年間経過した。人生の一番よいときが下積みであったが、このおかげで忍耐強く、腰を低くして波風立てることなく、長い生涯を生きていく強靭さを身につけたといえよう。1759年のモルツィン公爵家の年棒は200グルデン。年棒がわずかとはいえ、二度と飢えないためには、何がなんでも耐えることは身についていた。年棒は上を見ればキリがない。

反音楽史　3
（３）　その３　楽長としてのハイドンの役割
　ハイドンは１７６１年のエステルハージ楽団の副楽長に就任するが、年俸が400グルデン。その当時、ウィーンの楽団の楽長は、数千グルデンの年俸であったことと比較すると、かなり低い。また、１７６１年の副楽長就任に際し、このときの契約書は現存しているが、この14条にわたる契約書は、厳しい条文が列挙されている。例えば第３条と第６条では、　楽士同士が争いを起こさないように仲裁をすること。　
　それに対して、当時、　ドイツ人の作曲家　アードルフ　　ハッセ（1699ー1783）はどうか。彼はドイツ人でその当時は、最も有名だった作曲家）は、　ドレースデンの楽長であった。この年俸は、ハイドンの１０倍以上であり、殆ど、ドレースデンにいたことがなくヨーロッパを渡り歩いていた。ハイドンは、年俸も低く、楽士たちの服装やマナー、出欠、技術訓練など、責任を負わされていた。それに加えて、程度の悪い楽士たちの喧嘩の仲裁、公の昼食の音楽の手配係など。本来なら、人事・総務・管理課といったセクションが行う仕事を任されてかされていた。それでいて、年俸は、都の楽長よりも低かった。
　この理由は、学歴もなければ、イタリアで活躍した楽歴もない、海とも山ともつかぬ男として、当初は低くみられていたと推定される。さらに宮廷楽士達の当時の生態を知る上では、この条文は興味深い。第５条で、宮廷劇場や大広間だけでなく、殿下の食事や宴席の音楽のサービスの提供もあった。第１２条では、従僕たちと、同程度の食事を一緒にとることが記載されている。ザルツブルク時代のモーツァルトは、このサービスが大嫌いであった。彼はプライドが高く、無教養でゴロツキのような従僕や楽士たちとの、食事をとることは拒否していた。

反音楽史　2　
　宮廷音楽家の立場や雇用条件も、別な視点から記載がされている。その前に、ハイドンの雇用主であるエステルハージ侯爵の位置づけが興味深い。侯爵というと、貴族の中ではある程度、上のクラスであることは、一般にも想像される。しかしながら、この貴族の爵位は、フェルスト　fursut　（Uの上には¨がある）となり、日本では侯爵と訳されている。しかしこのフェルストは、ドイツでは皇帝　Kaiser、王　Konisg　に次ぐ爵位である。他の国の侯爵　marquis　よりは、ずっと重要な意味をもつ高い身分の位である。
　その上、エステルハージ家は、パラティーン　Palatin　、ハンガリーで、副王とされている。　その点から、英語やフランス語の文献では、エステルハージ家の人たちは、Prince　　王子や大公　など敬称が付けられている。単に侯爵というよりは、　公　あるいは、　大公の敬称の方がふさわしい。
　実際、エステルハージ家はハンガリーの筆頭貴族に由来する。ニコラウス　エステルハージ（１５８３－１６４５）は、並外れた外交政策の手腕によって、ハプスブルク家に忠誠を誓ったこと。トルコ軍との戦いで、防衛の最前線にたち、その功績で１６２６年にハンガリー副王に任ぜられたこと。（このあたりは、ハイドン復活委員会の　エステルハージ家の歴史に、かなり詳細に記載がされている。）

反音楽史1
（１）その１　　音楽の先進国であるイタリヤ
　今回は、これまで、このコーナ－（1）～（16）まで書いたものとは、正反対に近い視点から記載をしたもの。新潮社から2004年に出版された。この本の表紙が、まずは面白い。学校の音楽室に掲載してあるベートーベンを初めとしたドイツの音楽家の絵画。この絵画に象徴されるように、日本の西洋音楽は、ドイツの古典派をいかに尊重して来たか。その中には、ハイドンも入っている。ハイドンが生きていた１８世紀の時代も、ドイツは音楽の後進国であったことが、この本のテーマである。
　この典型的な例が、ベートーベンの生まれる前の１００年間の間に、音楽の友社　「主要作曲家年表」のリストが掲載されている。この中では主に、ドイツ流の史観に基づいて選択されている作曲家の28人の人物（もちろん　ハイドンも含む）が掲載されている。（生誕1660年～1760年まで）　この中で半分以上は、イタリア人となっている。